メルマガ・バックナンバー

(第44話) 更に、新人発掘(その1)

5月の出張は新人の面接をメインテーマにしていましたので、前回の出張時、
ダナン外務局上がりで人脈がすこぶる豊富なAI-ECOのハイさんに日本語初級の
学習を終了したベトナム人の募集を依頼しておきました。

ハイさんの返事はすこぶる良く・・、

「OK!OK!  大丈夫です。必要なスキルは?」などと、とても頼もしい返事
をしてくれていましたので今回の出張時までにハイさんルートとユンのルート
で入社希望のベトナム人を7~8名程度集めて面接をするつもりでした。

主張前から、ユン宛に

 「AI-ECOのハイさんに、現在面接希望の人が何名見つかったか聞いておいて
  くれ。」

とメールを打つと・・・、

「ハイさんからは、返事が来ません。」との返事。

更に数日後・・・、

 「ハイさんからの報告はまだ・・?」

 「新しい情報が入っていないかどうか尋ねておいてくれ!」

などと何度かメールを打つと・・・、

「ハイさんは、日本語学校に問い合わせみれば・・? と言っています。」

という、なんじゃそりゃ!返事が返ってきました。

 「なんだよ、ハイさんはそんなこと言ってるの!」

 「全く!彼も当てにならんな~!」

もっとも、彼にとっては何のメリットもない話だから無理もないか・・。

というのもありますが・・、

以前友人から、日本語学校に学生の紹介を依頼したら一人1000USDの紹介料を
要求された! というたまげた話を聞いていましたので極力その日本語学校の
世話にだけはなりたくありませんでした。
しかし、ハイさんルートが期待できないことになったとすれば、この際ユンの
自力で次回の出張時までに何とかするしかなく、最低でも5~6名の面接希望
者を集めておくよう重ねて指示をしておきました。

一人でも二人でも日本語を学んだ新人を確保できさえすれば、あとは得意の
「大六流芋づる式人材獲得法」でいくらでも新人を確保していくことができる
でしょうし、是が非でも6月初旬からの日本語入力トレーニングを始めたいと
いう思いがありましたので、5月の出張時までになんとか面接希望者を集めて
おきたいのでした。

カンボジア出張中に、ようやく待ちに待ったユンからのメールが入りました。

「私の友人の紹介で二人面接に来たいと言っています。」

「面接の時間は何時にしますか?」

 「8日は、YONEZAWA VIETNAMさんの竣工式があるしメルマガ配信日で
  ワサワサと作業をしなければならないから9日の朝10時にしよう!」

「わかりました。」

予定の7~8名を集めることは出来ませんでしたが、面接が出来そうな雰囲気
になったので、とりあえずほっとすることができました。

  ・・・・・

ダナン入りして、YONEZAWA VIETNAMさんの竣工式から戻って・・、
二人の履歴書を見ると・・、

一人は、ダナン外国語大学日本語学部を2008年6月に卒業した女性。
得意は、英語!と中国語!ということで・・、
日本語学部を卒業したのに日本語は得意じゃないの?という素朴な疑問が沸き
ましたが、コンピュータの技能証明書もあるので期待できるか!?という感じ
です。

もう一人は、ダナン工科大学を卒業し、某日系企業の研修で一ヶ月間日本へ
見学に行ったことがあり、日本語能力試験は3級という女性です。
日本語3級というのはどの程度かよく解りませんが、履歴書を見る限りにおい
ては、ある程度の日本語力はありそうです。
しかし、希望給与が300~400USDと書いているところと、研修に行かせていた
だいた会社を一年半後に退社している点が気になりましたのでその点を突っ込
んで問いつめてみようと思います。

英語と日本語とベトナム語を操るユンにしてもそうなのですが・・、

ベトナムの若い学生は、マルチに言語を学ぶ傾向にあります。

やはり、ローカル企業はまだまだ給料が安いため、より高収入が得られる外資
への就職を、しかもワーカーとしてではなく管理者となるチャンスを得るため
自国語のほかに、英語・日本語・中国語などをマルチに身につけておこうと
するようです。

このことだけで、「ベトナム人は勤勉か?」という問いへの回答を書くことは
できませんが、少なくとも我々日本人が外国語を学ぼうとする姿勢よりは相当
勤勉であるということが言えそうです。

履歴書だけで判断すれば、日本語学部卒業の女性は、条件的にはそのままOK!
ですので、人間的にもそのままOK!人材であってほしいところです。

しかし、希望給与300~400USDと書いた女性に関しては、私としてはよほどの
「おっ!すげえ!」ポイントが見つかって、迷い道に足を踏み入れない限り、
「それを書いた時点で、あなたはそのまま×ね!」という評価です。

明日が、楽しみなところです。

(Mr.ホー)

(第43話) チャイナプラスワンの終着点

人民元高、物価高、人件費高がじわりじわりと進む中、世界の工場といわれた
中国の優位性にかげりが見え始めた4~5年前より、各業界ごとにチャイナ
プラスワンの最適地を探す動きが本格化し始めました。

アジアにおいては、インドをはじめ、タイ、マレーシア、インドネシア、フィ
リピン、ベトナム、カンボジア、ラオス、ミャンマーなどの東南アジア各国が
その候補地として注目されてまいりました。

JETROの2007年度の統計によりますと、各国の人口は、
インド- 11億5,175万人、 タイ- 6,344万人、 マレーシア- 2,611万人、
インドネシア- 2億2,886万人、フィリピン- 8,626万人、ベトナム- 8,621万人
カンボジアー- 1,420万人、 ラオス- 576万人、ミャンマー- 4,838万人
となっており、

一人あたりの名目GDPは、
インド- 954USD、 タイ- 3,872USD、 マレーシア- 7,142USD、
インドネシア- 1,892USD、フィリピン- 1,671USD、ベトナム- 812USD
カンボジアー- 606USD、 ラオス- 694USD、ミャンマー- 279USD
となっています。

チャイナプラスワン最適地としての選択肢に残るためには、まず安価で優秀な
労働力を供給できることが重要なファクターとなります。

その意味では、一人あたりGDPが既に1,000USDを越えているタイ、マレーシア
インドネシア、フィリピンなどは、新規の進出予定地としては魅力が薄くなっ
てきており、新規の検討テーブルには乗りにくいと思われます。

となると、インドおよび東南アジアでは、インド、ベトナム、カンボジア、
ラオス、ミャンマーが残ることになります。

もっとも、一人あたりGDPというのはあくまで国別平均の統計数値であり、
一見、高賃金に見える国であっても、地域によっては所得格差が想像以上に
大きい場合もあるので一概に、「○○国は、既に高賃金だから・・・。」など
とは評価できない場合もあります。

或いは、いくら賃金が安いからといっても港までの物流コストがやたらかかる
とか、盗賊に襲われて荷物が無くなってしまうリスクがあるとか、意味不明の
裏金を要求されて思わぬコストがかかってしまうなどというカントリーリスク
も存在します。

また、チャイナプラスワンの議論は、完成品をどこへ納品するのかによって
その最適解は異なるものになってまいります。

中国で販売するのであればやはり、中国でものを作る、或いは中国に近いとこ
ろで作るほうが良いということになるでしょうし、中国にも売るが東南アジアル
ートも主要販売先となるということであれば、ベトナムそれもハノイではなく
ホーチミンでということになるのでしょう。

先般、カンボジアからの客人との会話の中で、「チャイナプラスワンの終着点
は?」というテーマの話をしていた際・・、

軍事政権下のミャンマーでは何もかもが未整備であり、外資はなかなか受け
入れてもらえないし・・、

ラオスは人口もまともな人材も少ないしまだ様々なことが未整備であるため、
物好きの進出はあるかもしれないが現実にはまだまだ難しい。

インド人は確かに優秀であるが、「あのインド人さえいなくなれば・・・、
インドはとても素晴らしい国だ!」といわれる程、理屈っぽくてコントロール
しにくいインド人を相手にして渡り合っていく根性と、各州ごとに異なる複雑
な法律をクリアしてビジネスをしていく粘り強さが必要であることからインド
ビジネスを成功させるのは至難の業であり・・、

また、カンボジアでは確かにワーカーの人件費は安いのだが、カンボジアの
公務員には給料というものが無く、裏金が政府役人の主な収入源となっている
ため思わぬコストが発生するリスクが存在する。
しかし、カンボジアには関税の優遇措置があるため、メイドインカンボジアの
タグだけつけているというビジネスもあるとかで・・、

「う~む」と唸ってしまいます。

結局、その業種業態によって答えは異なってくるものの・・、

外資さ~ん!いらっしゃい!いらっしゃい!といって外資を呼び込んでおいて
からこれでもか!これでもか!とふんだくるベトナムがいいか・・、

外資が来る前からふんだくって来た後もふんだくるカンボジアがいいか・・、

どっちのふんだくられ方がいい?というような話で・・、

結局のところ・・、カンボジアの客人廻りの人たちの間での結論としては、
「いまのところ・・チャイナプラスワンの終着点は、ベトナムまでか!?」
ということになっているそうです。

一方、岐阜の小島衣料さんは、中国各地で操業しつつ韓国、オーストラリア、
タイ、インド、ミャンマー、ヨルダン、サイパン、ベトナム、マダガスカル
などで、操業したり、撤退したり、指導したり、調査したりを繰り返した後、
結局、中国吉林省の琿春市というロシアのウラジオストクや北朝鮮にほど近い
ところに最新工場を作ることにされました。

チャイナプラスワンの終着点は、ぐるっと回って結局チャイナだった!
という話です。

進出先の周辺で部材が調達できるとかできないとかという問題もありますし
近くに販売先があるとかないとかという問題もあります。
したがって、それぞれの会社にとって進出先を決定するために何を重視するか
によって最適解は異なるものになるということになります。

私なぞは迷ったら最後は、進出先が好きか嫌いか、肌に合うか合わないか!
みたいなことでエイヤッ!で決めてしまうような気がいたします。

ということで・・、

弊社にとっての終着点は果たしてどこになることですやら・・。

(Mr.ホー)

 

(第42話) 社員旅行

「次の連休に、みんなが旅行に行きたがっています!」

リーダーのユンとアカウンターのチャーさんが私に言いました。

ベトナムではテト(旧正月)以外にはほとんど連休というものがないため、
4月30日の南部解放記念日と5月1日のメーデーによる2連休は貴重な連休です。

社員達は、この連休を利用して社員旅行に行きたいようなのです。

 「旅行ね~。 いいじゃない。 行っといでよ!」 

 「で、 どこへ行くの?」

「みんなは、ダラットへ行きたいと言ってます。」

 「えっ! ダラットって、えらい遠いんじゃない!?」

ダラットは、ベトナムの軽井沢!ともいわれる高原にある避暑地で、ベトナム
のタウン情報誌「SKETCH」には、次のように紹介されています。

 「ダラット最大の魅力はフレンチヴィラが建ち並ぶその街並み。
 およそ2000軒と言われる家々には、当時の家主達の故郷への思いが込めら
 れていて、どれひとつとして同じものはない。
 幸いにも大きな変化もなく往年のまま残っているのは、ヴィラのほとんどが
 公的機関や政府関係者の所有となっているから。
 外観の改築も禁止されていて、庭園部分を含めた景観を保護する義務がある
 という。
 そして今、ここへきて長年廃墟であったヴィラを観光資源として復活させる
 動きが見られてきた。
 改装、整備を施し、リゾート施設にするというもので、丘の上という立地の
 不便さはレストランなどを併設してフォロー。
 他の都市とはひと味違う、個性的な宿という点で注目を集めている。
 ベトナムでヴィラが一番似合うダラット。
 訪れるたび、いつもワクワクさせてくれる。」

私も、かねてより機会があれば行ってみたいと思っていた観光地です。

 「・・・で、交通手段はどうすんの?」

「路線バスがありますので、それで行きます。」

 「ウッソだろ~! 何時間かかんの?」

「12時間から14時間かかります。」

 「大丈夫かい~???」

 「前にバナやフエへ行ったときも、全員、車酔いでひどかったじゃない!」

 「ハンさんなんかバスで14時間なんて、絶対持たないぜ!」

 「それに・・、 14時間もかけてほうほうの体で・・、
  やっとこさダラットまで辿り着いたはいいが・・、
  あたりは既に真っ暗で・・・、
  安宿に泊まって飯食って・・・、
  ビール飲んでトランプくらいやって・・・、
  そしたら、もう、おねんねで・・・、
  翌朝、またバスで14時間かけて帰ってくるの?」

 「しんどいぜ~!」

 「何しにダラットまで行くのかわかんなくなるよ・・。」

 「例えばさ・・、5月2日は土曜日だから2日も休みにして一日くらい
  ゆっくり出来るスケジュールにするとかしないと、そりゃ無理だよ!」

 「なんだったら、田中君に言っておくからさ、2日も休みにすれば・・。」

 「旅行の実行委員会を作って、行程表と予算をよく健闘してみな!」

 「どう考えても、最低でも2泊3日の行程だろう!」

私はそう言ってユンたちに再検討を促しました。

帰国後、ユンから次のようなメールが来ました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 社長
 こんにちは
 今桜が咲いていますね。
 しかし雪も降っていますね。

 ダナンは暑いです。

 旅行の件について、

 「行くかどうか行かないほうがいいか?」 まだ考えています。

 でも、みんなが行きたいんですね。
 しかし、ダナンからダラットへの道が危ないし、
 旅行の経費もたくさんかかります。

 バス代のみを聞きましたが、8.000.000vndかかります。

 もし、スケジュールと予算が合理なら、社長に報告します。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

その後、次のようなメールのやりとりをしました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ユンさん

 御苦労様です。
 高山の桜はまだ咲きませんし、ここ2~3日は雪です。

 旅行に関しては、みんながダラットへ行きたいのであれば
 行っても良いですが、かなり疲れますよ。

 車に弱い人には相当辛い旅行になるのではないでしょうか?
 もう少し、近いところへ行くことにしたらどうでしょう?

 サブリーダーやアカウンターとよく相談して決めてください。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 旅行の件について、

 みんなと相談して決めました。
 DALATへいきます!

 だれも行きたいんですので、車に弱い人は薬を持っていきます。
 旅程は4月30日から5月4日まで予定ですけれども5月2日は仕事です。
 だから、4月4日を振替出勤にしてもいいですか?

 旅行の経費は会社の以外、みんなも出し合います。

 私はバスを予約しました。
 しかし泊まるところはまだ探しています。

 社長の指示はどうですか?
 よろしくお願いします。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

Vietnam Dairoku の社員達と初めてパーティーを催した日、社員一人一人に
自己紹介のなかで趣味と希望を披露してもらった際、ほとんどの社員達が
「旅行へ行きたい!」などと言っていたのを思い出します。

また先日、おみやげとして社員一人一人に「旅の指さし会話帳」を配ったの
ですが、私と視線が合うたびに「指さし会話帳」を開いて「旅行へ行きたい」
とか「日本へ行きたい」などという部分を指さしてくることから、彼らは相当
「旅行!」というイベントに餓えていることは事実です。

また、よく日曜日に行っている小旅行で、「ここへ来るのは何度目?」と尋ね
ると、まずほとんどの社員が「初めてです。」と答えるところから、まだまだ
家族或いは友人と旅行をするという経済的な余裕はないのでしょう。

連休のダラット旅行を楽しみにしながら毎日毎日頑張ってくれる社員達の顔を
想像しながらメールを打ちました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ユンさん

 わかりました。
 みんなで旅行を楽しんできてください。

 私からも、3,000,000VNDカンパします。
 これで、食事代などの足しにして下さい。

 長時間のバスでの移動は予想以上に疲れると思います。
 身体に気をつけて行ってきて下さい。

 また、たくさん写真を撮ってきて見せてくださいね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

多少、私にも余裕が出てきたような気がいたします。

(Mr.ホー)

(第41話) 紹介料を要求する日本語学校

日本語入力から日本語文字組版にビシッと対応できる強力なInDesignチームを
立ち上げるために、ある程度日本語を勉強したベトナム人を採用しておきたい
と思い、いろいろな筋から人材確保のための情報が欲しかった私は、

個別撃破で、日本語を勉強した友人の紹介を依頼したり、
日本語学校へ訪問して学生数や指導内容、カリキュラムなどについて質問し
学生の紹介やあっせんについてお願いしたりしてきました。

いろんな筋に学生の紹介を依頼しておき・・、

5月に新入社員をまとめて面接・採用して
6月から日本語再教育を含む日本語入力トレーニングを開始・・・、

今年の秋からInDesignの達人によるInDesignトレーニングを開始・・・、

そして、来年の春にはベトナムInDesignチームを稼働できるように・・・、

というスケジュールを想定していたのです。

しかし、とある筋より・・・、

某日本語学校で日本語を学んだ学生の紹介を依頼したら、一人当たり10万円
の紹介料を要求された!という情報が入ってまいりました!

一人10万円でもし、10人紹介してもらうとなるとそれだけで100万円!

ようやく、赤字続きの真っ赤なベトナム雪だるま状態から脱出したばかりの
Vietnam Dairokuにとっては、とても捻出できる金額ではありません。

などという計算以前に・・・、

その話が本当であれば、学生から高額な授業料を取って稼いで育成し、
更に、プレミアム付きで企業に人を販売しているようなもの・・。

往復ビンタで甘い汁を吸い取るビジネスモデルとは、
「確かにうまいこと考えたもんだ!」
と感心してしまうのではありますが・・、

紹介料を取るのであれば、紹介した学生が入社した後に問題を起こした場合の
責任問題も当然絡んでまいりますし・・、

そんなビジネスが「美味しいぞ!」だけで長続きするんでしょうかねぇ・・?

という疑問が湧いてまいります。

そこで私は・・、

そんな噂がある日本語学校に人材の紹介を依頼するよりも・・、

弊社の得意な「芋づる式人材採用法」に絞った方がいいのでは・・、

などと思い始めました。

現在のVietnam Dairokuの社員数は23名です。

そのうち最初の13名は私が面接して採用を決めました。

しかし、その後はリーダーのユンに面接・採用のポイントを伝授し、あとは、
13名の社員がそれぞれ勝手に親族や知人や友人などを連れてきて次第に人が
増え、現在の23名となっています。

これは、私が勝手に「ダイロク流芋づる式人材採用法!」と呼び、
ダイク村村長にも評価いただいている人材獲得法です。

社員にとってVietnam Dairokuが全く嫌な会社であれば、身近な人に紹介はし
ないでしょうし、「芋づる」にぶら下がった芋が多数所属しているということ
は、社員の待遇も会社の雰囲気もまんざらでもないということが言えるのでは
ないかと思います。

それで、弊社には芋づる式人材採用法の成果により多数の兄弟や親族や御近隣
さん同士の社員が所属しているのです。

 

私は、AI-ECOの社員で、以前ダナン市外務局で公務員として通訳をやっており
顔の広いハイさんに「種芋」の紹介を依頼しました。

 「ハイさん! 5月くらいまででいいんだけど・・」
 
 「日本語初級程度を終了したベトナム人を5縲鰀6人紹介してくんないかな?」

 「初任給は、AI-ECOさんと同じくらいだけど・・、
  実力によっては、1.5倍から2倍位は稼げるようになるよ。」

「日本語の他に求められるスキルはありますか?」

 「特にはないヨ。」 

 「最初は、Word Exell程度のソフトが使える程度のPCスキルで充分!」

 「あとはこっちで、ビシッと教育するから・・。」

「わかりました! 情報が入りましたらユンさんに連絡すればいいですか?」

 「そうだね、ユンに連絡しといて!」

ダイロク流芋づる式人材採用法!

うまくいくかどうかはわかりませんが、リゾート!リゾート!で浮かれていた
ダナンの空気はすっかり落ち着いてきていますので、学生の職探しもそう簡単
ではなくなってきている感じです。

風の便りに・・、

以前、すったもんだのあげく弊社を去っていったトゥンがまたダイロクへ戻り
たがっているなどという話も聞こえてきました・・。

ダナンの風は暖かくとも・・、

娑婆に吹きすさぶ現実の風は、かなり厳しく冷たかったのでしょう・・。

が!そんな都合のいい話を許すほど、Mr.ホーも甘くはありません!

取りあえず、日本語学校推薦はやめにして、

「日本語を・・、学んだけれど・・、職はなし・・。」

という素朴で素直で頑張り屋な種芋さん達との新しい出会いを期待しながら
ユンとハイさんからの連絡を待ってみることにしましょう。

(Mr.ホー)

 

(第40話) ローカルカラオケ

ダナンには日本人が少ないため日本人向けサービスというのはほとんど無く、
日本人駐在員の生活にとっては何かと不都合があります。

食事に関しては・・、

このメルマガに度々登場してきますように、勝手に「日本料理」と呼んでいる
のではあるが、とても喰えたものではないシロモノを食べさせてくれるレスト
ランがあったり、メニューに書いてある通りの姿さえ期待さえしなければ食料
としてはそれなりに安心して食べることはできるレベルのレストランがあった
り、この味に「美味しい!」という評価を与えることはさすがに躊躇するもの
の「ウン!イケル!」程度の表現であれば許されるか・・?という味を提供し
てくれるレストランがあったりというわけで・・、

「村長さん、今日は久しぶりに○○へ行きますか・・。」

などと、「店を選ぶ!」という贅沢が存在するのです。

しかし!

「ウン!イケルね!」などと肴に舌鼓を打ちつつビールと持ち込みの焼酎を
さしつさされつしながらほろほろと気分良くなった後・・・、

そこからの時間の過ごし方に問題が発生するのです。

要するに・・、

そのあと、行くところが無いのです!

遅がけから飲み始めた場合であれば、だらだらと飲み進めるうちに、

 「おやっ!もう、こんな時間ですね!そろそろ引き上げますか・・。」

  「そうですね。 いい時間ですね、引き上げますか・・。」

 「エムオ縲怎C ティンティェン!(お縲怩「、ねえちゃん、お勘定!)」

というまっとうな結末になるのですが・・、

早い時間から始めた場合・・、

エムオ縲怎C ティンティェン!の後・・、

 「このまま帰りますか・・?」

  「もう一件、どこか・・、行きますか・・?」

 「とはいっても・・、 どこへ行きましょうかねぇ・・?」

  「マッサージでも行きますか・・。」

 「そうですねえ、私は三晩連続になりますが・・、」

 「でも、それが、無難でしょうかねえ・・。」

 「ちょっと寂しい気もしますが・・。」

素直にホテルへ戻ってTVをつけてもローカル放送局の番組では、訳が分かり
ませんしNHKのBS海外版は、同じニュースを何度も何度も繰り返しているだけ
ですのですぐに飽きてしまいます。

かといって、

常にスーツケースに何冊か忍び込ませてある経営本を取りだして・・、
などという気力が湧かない場合・・、

 「結局、一人で、チップ込み二時間1200円のマッサージか!」

ということになってしまうしかなく・・。

それが、私の悩みのタネ!であったりします。

先般、同じダイク村の手袋を作っている会社、LesGantsさんに誘われて、
LesGantsさん御用達!のローカルカラオケへ行ってみることになりました。

この日は「たかし」で食事を済ませると、ベトナム人の奥さんと子供が迎えに
来ていたサンエーのTさんと別れて・・、

LesGantsさんからは、5月に結婚式を控えたIさん。
赴任したばかりで独身のWさん。
そしてベトナム系フィリピン人で日本語、ベトナム語、英語、タガログ語を
自由に操るバイリンガルJさんの3人。
そして、Dairokuからは私と西本君で、合計5人のメンバーでした。

一般のローカルカラオケは、これまでにVietnam Dairokuの社員達と度々行く
機会がありましたので、会話を許さぬ大音量と総立ち総踊りでの無駄なエネル
ギー大消耗戦は既に何度も経験済みです。

しかしこの日は、「ここは、ちょっとシステムが違いますから・・。」という
お誘いにうっかり乗ってしまうことになりました。

ステージこそないものの日本のカラオケボックスよりは広めのスペースに古汚
なそうなソファが配置してある薄暗いスペースに通されると、ドヤドヤドヤッ
と怪しげな姉ちゃん達が現れました。

この店のシステムは、ベトナム語とカタコト英語しか話せない姉ちゃん達が
一人づつ我々の横に座って、「ビール飲め、飲め!ほれ!歌、歌え!」と、
かなり鬱陶しく世話を焼きながら時間の経過とともにアルコールの消費を促進
させるというシステムです。

一般のローカルカラオケ同様、LesGantsさん御用達のローカルカラオケも、
当然、日本語の歌なぞあるはずもなくベトナム語か英語か何故か韓国語の歌
のみです。

IさんとJさんはベトナム語を巧みに操ることができるため、彼らにとっては
それなりに有意義な時間を過ごすことが可能です。

そのため、この店は、LesGantsさん御用達となっているようなのです。

しかし、隣に座っている姉ちゃんが英語も全くダメであり「必殺、旅の指さし
会話帳」も持参してきていない状況下では、コミュニケーションが全く取れな
い上、おまけに「たかし」で黒霧島1Lパックを開けてきたWさんと私と西本
君にとっては、隣に座っている姉ちゃん達の鬱陶しい世話焼きマシンガンは
ただ単に「迷惑!」なだけで、「俺はただ苦痛!に耐える時間を過ごすため
だけにこの空間に来たのか!?」みたいな状況になりつつありました。

世話焼き軍団の中に一人、相当危険な姉ちゃんがいました。

Wさんの横に座っていたその姉ちゃん、すでにかなり酔っぱらっているらしく
Wさんにビール瓶の一気飲みを強要し始めたのです。

その危険な姉ちゃん、Wさんが拒否すると、髪を振り乱し、Wさんの上着を
掴んで揺すって飲みきるまで絶対に許しません!

本当に、絶対に、許さないのです!

 「とんでもねえヤツだな!」

Wさんは、ほうほうの体で部屋付きのトイレに駆け込むと危険な姉ちゃんは
トイレの入口にあるスイッチでトイレの電気を、消したりつけたり、消したり
つけたり、消したりつけたり、消したりつけたり・・・。

「キャッキャッキャッキャッキャ!」

 「なんてヤツだ!!」

客を客と思っていないどころか「客は、私の玩具よ!」みたいな感覚です。

 「あの姉ちゃんには近づかんとこ!」などと思っていると・・、

ビール瓶一気飲み強要のおはちが私に廻って来てしまいました!

若かりし頃W大の稲吟会(体育会系ノリの詩吟サークル)で、剣菱のコップ酒
三倍返し!とか「黒田節」に合わせて歌が終わるまでにオードブル皿に並々注
いだ菊正宗の大皿一気飲み!などで鍛えられた私ですので、ビール瓶一気飲み
などはどうってことはないのですが、「黒霧島」が効いてきていたのと、いい
歳こいて当時のように、いきなりトイレに駆け込んで「もどす!」などという
はしたない行為はしたくないため「無理に飲む!」などというイベントはでき
れば避けたいところでした。

しかし・・、

「俺は、客だぞ!社長だぞ!!」などと無意味な抵抗をしたところで危険な
姉ちゃんはますます「飲みきるまで絶対!許さないワヨ縲怐I!」という決然と
した鬼気迫る面構えで迫ってきていますので仕方なく参戦せざるを得ないこと
になりました。

ヨ縲怎C・・、 スタート!で、
危険な姉ちゃんは猛烈なスピードでビール瓶を飲み干します。
私は、姉ちゃんの数秒遅れでなんとか飲み干しました。

 「ゼイゼイ・・。」

 「ヒドイ姉ちゃんに当たったもんだよ・・。」

トイレで用を足していると・・、

いきなり電気が消えたりついたり 消えたりついたり!

外では、「キャッキャッキャッキャッキャ!」の奇声が轟いていました。

LesGantsのIさん曰く、

 「ローカルカラオケには、大抵一人や二人こんなのが居るもんですよ縲怐B」

お愛想を頼んだ後からも・・、

しぶとく、危険な姉ちゃん、更にビール瓶のセンを素早くパ!パ!パン!と
抜きまくってましたよ・・。

やれやれ・・。

マッサージの方が全然良かったかも・・。

(Mr.ホー)
 

(第39話) ダナン市のビジョン

ダナン市政府は、口を開くと「ダナン市は、風光明媚なロケーションであり、
観光・リゾート開発で大きく発展したい。」旨の発言をしています。

確かに、ダナンまわりにはミーソン遺跡、ホイアン、フエと3つの世界遺産が
あり、また、街の東側には手つかずの海岸エリアが広がり、リゾートホテルや
ゴルフ場などリゾート関連の開発案件が目白押しとなっています。

日刊ベトナムニュースによりますと・・、

 ●ダナン:ゴルフ場・海岸リゾートが着工(2008/01/28 JST配信)
 投資ファンドのビナキャピタルは25日、ダナン市グーハインソン区ホアハイ
 地区で、ゴルフ場と海岸リゾート地区を着工した。投資額は1億3000万米ド
 ル(約140億円)。総面積260ヘクタールの敷地内に、ゴルフ場2カ所、複数
 の高級ホテル、別荘300棟などを建設する。完成は2012年の予定。

 ●ビナキャピタル、米マリオットとホテル運営契約(2008/09/16 JST配信)
 米マリオットインターナショナルと投資ファンドのビナキャピタルは15日、
 ビナキャピタルがダナン市で建設予定の高級ホテルの運営契約を締結した。
 部屋数271室の5つ星ホテル「JWマリオット・ダナン」の着工は来年半ば、
 完成は2011年になる見込み。
 ビナキャピタルは同市の260ヘクタールの敷地で複合観光地区を建設してお
 り、今年1月にゴルフ場が着工されている。

 ●蘭ライフリゾート、ダナンでリゾート開発(2008/09/30 JST配信)
 オランダのホテル運営会社ライフリゾートと地場ホアンチャー観光社はこの
 ほど、ダナン市に高級リゾート地区「ライフリゾート・ダナン」を建設する
 ことで合意した。投資額は約2500万米ドル(約26億円)。このリゾート地区
 は面積4.5ヘクタールで、ビラ15棟、レストラン、スポーツジム、スパ、カ
 ジノ、会議場などが建設される。来年秋にオープンする予定という。

 ●ダナン:「トゥイトゥー都市区」建設計画を発表(2008/11/21JST配信)
 ダナン市人民委員会はこのほど、同市リエンチエウ区とホアバン郡にまたが
 る面積約342ヘクタールの敷地での「トゥイトゥー都市区」建設計画を発表
 した。投資主体はチュンナム投資建設株式会社で、投資額は約16億米ドル
 (約1520億円)。同都市区には別荘、高級マンション、ホテル、病院、大学
 スポーツ施設などが建設される。来年着工し、2015年に完成の予定。

私はダナン市の「観光・リゾートでのまちおこし」というビジョンについては
いささか懸念を抱いています。

まず第一に、これらの開発計画が全てリーマンショック以前に計画されたもの
であること。

先日、年間観光客3000万人と一躍、ラスベガスを抜いて世界一のカジノ天国と
なったマカオへ視察に行ったところ、建設途中で建設作業員を大量解雇し工事
再開の目処が立っていない建設中の大型ホテルがスケルトンのままであちこち
に佇んでいる様子を目にしました。
理由は、リーマンショック以来、中国大陸からの観光客が落ち込んでいるのと
運営主体の資金調達に支障が出ているためとのこと。

おそらく、(米)マリオットにしても(蘭)ライフリゾートにしても世界金融
不況の影響が無いはずはなく、開発計画の見直しがすでに行われているのでは
ないかと思われます。

次に、観光・リゾート産業においては充実したハードもさることながらお客を
もてなすためのソフトインフラが極めて重要です。
にも拘わらず現在のベトナム、特にダナンにはそのソフトインフラが決定的に
欠如しているからです。

箱だけあっても人は集まりません。

現在、ベトナムにある資源は、「安い労働力!」だけです。

比較的優秀で、比較的勤勉だと言われるCheap Labor の存在があるからこそ、
この国は6%縲鰀8%の成長を達成することが出来ています。

しかしベトナムへ進出した企業は、まだまだ付加価値が低い労働集約型産業が
中心であるため、原材料高の影響もありベトナム全体の貿易収支は大幅な輸入
超過。

にもかかわらずベトナム政府は、毎年巨額の貿易赤字を生み出し、年率20%を
越えるインフレ対策に有効な手を打てぬまま、給料上げろ!税金払え!と、
毎年最低賃金を上げ続けたり、税法の見直しだ、とかなんだかんだといって、
とりあえず外資からボッたくって帳尻を合わせることばかりを考えているよう
にしか思えません。

「この先、この国は、何で飯を食っていこうとするのでしょう・・?」

「そのためには、どのようなインフラが必要なのでしょう・・?」

「そしてそれを、誰の手を借りどのように具体化していくのでしょう・・?」

ダナン市にあっても同様です。

今ある資源が「安い労働力!」だけであるならば、「安い労働力!」という
商品価値を落とすような施策は講ずるべきではないし、外資に対してはダナン
市ならではの様々な便益を提供して企業誘致に邁進せねばなりません。

「うちは、リゾートでいくんだもんね縲怐B」などとうそぶいていても、観光や
リゾートは水商売であり人気商売ですから、今回のように一旦風雲急を告げる
ようなことになれば、「やっぱ!や縲怩゚た!」の進出計画白紙宣言の嵐になる
ことは必然でしょう。

ホーチミンの空港やベトナム航空の機内誌に載っているダナン市リゾート開発
計画の完成予想図を見るたびに・・、

マカオの「借金コンクリート!」と化した大型スケルトンホテルの姿が・・、
どうしてもダブってしまうのです。

(Mr.ホー)

(第38話) テト(旧正月)気分

今年の旧暦では1月26日が元旦でした。

カレンダーでは、24日(土)、25日(日)となるので、23日が仕事納めという
会社が多く、Vietnam Dairokuでも23日を仕事納めにしました。

ダイク村でも、TKRさんは先週から休みに入っているとのことですし、
A-Zetさんももぬけの殻・・、AI-ECOさんも午前中に掃除を済ませてお終い。
そして、大人数でいつも賑やかに忙しくしているLesGantsさんも23日は掃除
だけという感じで、午後になるとすっかり静まりかえっています。

ダイク村の村長は、「20日に日本に帰ります!」とのことでダイク事務所も
村長秘書役のガップさんが一人で伝票を整理しているだけで静かです。

結局、ダイク村でフツーに操業しているのは弊社だけ!という環境の中、
弊社社員たちも「早く5時になれ!あとは夜勤におまかせよ!」と、早縲怩ュ
来い来いお正月モードのうわついた雰囲気でモニターに向かっています。

4時を廻るころになると、社員達は、「今日は早引きさせてください。」などと、
仕事よりも自分の時間や家族の都合を優先させるという彼らの本性を丸出し
にして、一人帰り・・、二人帰り・・、していきます。

その頃・・、私には一つの些細な不安がありました・・。

21日に行った日本食レストラン「花鳥風月」の壁には年内営業は22日まで!
という張り紙が貼り付けてあり、さらに、「四季」も「たかし」も「北国」
も「北国」も「海味」も年末の休業に入っているらしいため、23日現在、
ダナン中の日本食レストランはどこも営業していない状況下で5時が近づき、
社員の姿が少なくなっていく中、「今夜はどうしようか?」という我々の今夜
の食事場所についての些細な不安が頭をもたげてくるのでした。

街では小さいレストランは22日で営業終了!となってしまう店が多いため、
大晦日(25日)に帰国予定の私と西本君にとっては、朝食と昼食くらいはごま
かせるが、今夜と明日の夕食をどこでありつくかが大きなテーマとなっている
のでした。

ローカルのベト飯屋であれば間違いなく営業してはいるのですが、我々二人が
通訳なしで騒々しいローカル飯屋に入り込み、プラスチック製の安っぽいイス
に腰掛けて、まず絶対に!英語表記していないメニューであれこれとオーダー
をし、めでたくオーダーが通ったとしても、「おいしいね!」「おいしかった
ね!」という満足げに感想を述べつつホロ酔い気分でホテルの部屋に戻って
これるという確率は、相当低いものに成らざるを得ません。

へたをすれば・・、「なんじゃこりゃ!味」のカウンターパンチを受けた後、
更に、「なんじゃこりゃ!量」のボディーブローで胃を痛めつけられ、しまい
に西本君の天敵であるヌックマム(魚醤)集中砲火を浴びせられ、ほうほうの
体で部屋に辿り着いて気持ちの悪いゲップに一晩中苦しめられることにもなり
かねません。

そのため・・、仕事納めの後は、口に合う肉料理さえ目の前に並んでいれば
幸せ感一杯になれる西本君に「充実した出張でした!」感を味わってもらう
ためにも是が非でもメニューの内容が理解できる店を探し出すことが私にとっ
ての最大の関心事となっていたのです。

ダイク村の車を借りてホテルへ戻る途中・・・、

そんなことを考えながら街道沿いに流れる風景を眺めていると・・・、

街道のあちらこちらで鉢植えのミカンの木や黄色い菊の花を売っています。

なんでも、そのミカンの木は門松の代わりの様に家の前に立てて置くのだそう
です。

それらのミカンはすべて小振りで決しておいしそうなものではありませんが、
所狭しと並べられているミカンの木やずらりと並んだ黄色い菊の花、そして、
中央分離帯に点々と並んでいる赤いベトナム国旗は、街中にお正月気分を盛り
上げているようです。
更に、主要道路の上には電飾のチカチカでとてもきれいにアーチを作られて
います。

19日にダナン入りしてから、空港でもホテルでもレストランでもテレビでも、
更には、会う人会う人が、これまた嬉しそうにA Happy New Year!ネタの話題
に終始しており、「ベトナム人にとってのテト(旧正月)は特別なんだな!」
ということを感じさせてくれます。

所によっては、何故か、まだ Merry X’mas!という看板がそのままになって
いる店もあるのがベトナムらしい愛嬌ですが・・、

そのとき、私にひとつのひらめきがありました!

「そういえば・・、ホテルの裏あたりにおいしいピザ屋があったな・・。」

「日本食屋は休みでも・・、
 もしかしたら・・、あのピザ屋は営業しているかもしれない!」

同乗していたガップさんに・・、

 「ガップさんさぁ縲怐B あの角曲がったところにピザ屋があるよね・・。」

 「あそこ、やってるかなぁ縲怐H」

ガップさんは、早速、店に電話をすると・・。

「やってます!やってます!」

 「そぉ縲怩ゥぁ縲怐I よし!今夜はイタ飯だ!」

 「西本君!よかったな縲怐I まともなものにありつけるぜ!」」

私と西本君は、その瞬間気持ちの悪いゲップに一晩中苦しまされる恐怖から
解放され、ホテルに荷物を放り込むやいなや、A Happy New Year!気分が目
一杯漂ううわついた雰囲気の街へ勇んで繰り出していったのでした。

(Mr.ホー)
 

(第37話) 労働組合設立記念式典

ベトナムの法律では、ベトナムのすべての会社は労働組合を作らなければなら
ないことになっています。

労働組合は、労働者が勝手に作るものであって会社が準備する筋合いのもの
ではないと思うのですが、会社は組合を作り、おまけに上部組織に対しての
上納金まで会社負担で支払わなければならないなどと聞かされるに至って、

「ざけんなよ!」気分が高まってまいります。

私は、その「ざけんなよ!」気分のまま、組合を作ることについては放ったら
かしにしておいたのですが、丁度昨年の出張時に、ベトナム共産党の組合関係
者と思しき人が2名来社され、ユンに対して縷々、組合設立の手続きについて
指導をしていかれたのでした。

先日、ユンから
「社長!21日は午後二時より労働組合設立記念式典を行いますのでスピーチ
をお願いします。」との連絡がありました。

 「いいよ、何を話せばいいんだい・・?」

「・・・・・・・。」

 「わかった、その場の雰囲気で何か話すよ・・。」

と答えつつ・・、労資協調路線ネタで行こうかな・・?
などと考えていました。

当日、社員たちは昼前から仕事そっちのけで廊下を行ったり来たり、ワイワイ
ワイワイ! ガヤガヤガヤガヤ!と全く落ち着きません。

西本君は、サブリーダーに今回の課題を仕上げるべく根詰めて指導をしようと
勇んでやってきていましたが、あまりの落ち着きのなさにお手上げ状態です。

時間になると司会役のフン君が、
「準備ができましたので、社長!会場へ来てください・・・。」
みたいなことを言いながら迎えに来ました。

会場へ入ると、
青色幕に・・、ベトナム社会主義民主共和国万歳!というタイトルがでかでか
と貼り付けてあり、その下左手にベトナム国旗、その右手にベトナム大六有限
責任会社労働組合設立!の表示と労働組合のロゴマークが貼りつけられていま
した。

更に、青色幕の前方には青布がかかったテーブルに、ホー・チ・ミンの石膏像
と花が恭しく飾られています。

司会役のフン君は、かなり緊張した面もちで、アジェンダーの書かれたレジメ
を片手に進行してまいります。

最初にダナン市労働組合設立推進室?かどうかはよくわかりませんが、おそ
らく、そのような組織から来たのであろうと思われるおじさんが、お祝いの
言葉(たぶん)を述べられました。

お祝いの言葉がすむと、いきなり!

司会のフン君が私にスピーチすることを促しました。

 「えっ!いきなりかい!」

と思いつつも、通訳のユンが訳しやすいようにできるだけ平易な表現を心がけ
てワンセンテンスづつに区切りながら話すことにしました。

「本日は、労働組合設立式典のご盛会 誠におめでとうございます!

 我が、日本国はおよそ70年前、大きな戦争を引き起こしました。
 そのため、日本の主要都市は廃墟と化しすべてを失ってしまいました。
 しかし、戦後、その焼け野原の中から立ち上がり、今日世界第二位の経済
 大国となり得た大きな要因の一つとして、経営者と労働者が対立しあうだけ
 ではない労使間の協調路線にあったということができるでしょう。

 経営者とそこに働く人たちが同じ目的に向かって歩むことは、必ずや企業に
 とっても社員にとっても、その家族にとっても、ひいてはこの国にとっても
 大きな利益をもたらすことになります。

 ベトナム大六におけるライバルは、中国企業・インド企業であります。
 私たちは、共通の目的を持って同じ方向に歩んでいくことができれば、
 必ずやライバルに打ち勝つことができるでしょう。

 アメリカ発の金融危機は現在、全世界を不況の渦に巻き込んでいます。
 しかしながら、私たちにとって今は逆にチャンスであるといえます。
 なぜならば、不況時にはあらゆる企業がコストダウンをはかろうとします。
 その時我々が、より低コストで、より素早く、よりよい品質のサービスを
 提供し続けていくことはクライアントに強く必要とされることに
 つながるからです。

 我々は、ベトナム大六労働組合の設立をよい機会として、
 先人の知恵に学び、今までよりも更に互いを信頼し合って、
 ベトナム大六というささやかなステージをより良く、より大きく、
 より素晴らしいステージにするべく頑張ってまいりましょう。

 本日は、誠におめでとうございます!」

戦争ネタのあたりでは「何を話し出すのだ!?」みたいな顔で聞いていた
ダナン市労働組合設立推進室?から来ていたおじさんとおばさんも、やたら
嬉しそうにニコニコしながら拍手をしてくれ、握手を求めてきましたので、
取りあえず、言いたいことは伝わったようでした。

その後、ベトナム大六労働組合書記長?及び委員長?および副書記長?なのか
どうなのか?リーダーのユンをはじめとする5名の社員に対し労働組合バッジ
の授与式があり、握手のおばさんが一人一人にバッジを付けました。

そして次には、握手のおばさんがながながとスピーチを始めました。

最初は、ユンが私の横で通訳をしてくれていましたが、あまりにスピーチが長
いのとセンテンスを区切らずに延々と話し続けるのでユンは途中で通訳を断念
してしまいました。

式典のすべてが終わると、ダナン市労働組合設立推進室?から来ていたおじさ
んとおばさんは、何度も握手を求めてきたあげく、すこぶるご機嫌良さそうに
手を振りながら帰って行かれました。

私には、式典の内容はほとんど・・、いや、全く理解できませんでした。

会議室の床には、社員たちが食べ散らかした煎ったスイカの種のようなものの
皮があちらこちらに散乱していました。

「おい!みんなでちゃんと隅々まで掃除しとけよ!」

「労働組合の最初の仕事だぞ!」

「完璧にやっとかないと、あとで村長に、ど!叱りつけられるぞ!」

(Mr.ホー)

(第36話) 13ヶ月給料

ベトナムでは、テト(旧正月)前の一月には13ヶ月給料として正規の給料と
は別に給料のおよそ一ヶ月分を支払う習慣があります。

Vietnam Dairokuの給料日は、毎月5日にしていますので、Vietnam Dairokuの
社員は1月5日に12月分の給料をもらった後、1月24日に13ヶ月給料として
基本給一ヶ月分+手当をもらい、更にテト明けの2月5日には1月分の給料を
もらうということになります。

「13ヶ月給料ってボーナスのことじゃないの?」という気もしますが、
13ヶ月給料の他に5月と9月にもボーナスを支給する会社が多いのです。

テト前の13ヶ月給料は、会社経費として認められていますが、5月及び9月の
ボーナスは何故か?経費処理することが出来ないことになっています。

もっとも13ヶ月給料は、基本給一ヶ月分+手当(各人によって異なる)を
しっかり払うのに対し、5月・9月のボーナスは基本給の0.5ヶ月分とか0.4ヶ月
分という水準ですので・・、

基本給800,000VNDの社員であれば、5月・9月のボーナスは、

800,000VND×0.4÷160(レート換算)→約2,000円
800,000VND×0.5÷160(レート換算)→約2,500円ですから

我々の感覚としてはお小遣い程度?という金額です。

おそらく、ベトナム税務局の認識としては・・、

 「5月・9月のボーナスは、法的に義務づけられた決まりではない。
 社員にお小遣いをあげるもあげないも会社側の勝手である。
 言ってみれば、会社の自由意志による社員に対する御礼、或いはご褒美的
 性格のものであるから寄付行為に近いものと認識せざるを得ず、
 従って、税務的には経費としては認めることはできない。」

というようなことなのかもしれません・・。

しかし、今年から最低賃金法の改正により、
弊社の場合、非熟練社員の基本給は、1,080,000VNDに跳ね上がり
熟練社員の基本給は1,160,000VNDにもなってしまいますので、

5月・9月のボーナスでも、

1,160,000VND×0.4÷160(レート換算)→約2,900円
1,160,000VND×0.5÷160(レート換算)→約3,625円となり、

13ヶ月給料は、

1,160,000VND+手当として約300,000VND÷160(レート換算)→約9,125円
ということになります。

社員達にしてみれば、とてもとても楽しみな一大イベントなのです。

昨年は、会社が動き出して間もない頃であり、毎月毎月雪だるまのように赤字
がふくらんでいく「赤いベトナム雪だるま」状態だったのと、私自身、ベトナ
ム人にとっての13ヶ月給料の意味と重みをよく理解していませんでしたので
13ヶ月給料といえどもお小遣い程度しか支給しませんでした。

思い起こせば・・、昨年はこんなやりとりがありました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 正月明け早々、Vietnam Dairokuの社員から本社へ問い合わせがありまし  た。

 「もうすぐ、テト(旧正月)なんですが・・・、」
 「ボーナスは・・・、」
 「もらえるんでしょうか・・・?」

 私は、Vietnam Dairokuの社員に対し、
 「ボーナス!?」
 「今、ウチはなぁ!
  借金が、毎月毎月確実に育っている『ベトナム雪だるま!』だぞ!!」
 「当然・・・、ボーナスは出ないよ!」
 
 と、首筋からつららを落としこむが如き冷たさでビシッと突き放しました!

 出張に行っていた際も、リーダーのユンが再三に渡って私に・・・・、
 「社長縲怐E・・・、 もうすぐ・・・・、ベトナムはお正月縲怐v
 みたいなことを言ってきます。

 また、トゥンも、
 「日本の・・・お正月は・・・、何を・・・しますか?」
 などと、やたら正月ネタの話題を持ち出してきます。

 暗に彼らは、私に、
 「ボーナス・・・欲しいよぅ・・・。」と言っているのだと察し、
 能面のような表情で、「お正月縲怐vネタは無視し続けていましたが、

 出張の最終日・・・・。

 私は、アカウンターに言いつけました!
 「金庫から、金出してくれ!」
 「それから、封筒もな!」
 「ちょっと皆を集めてくれ!」

 「未だ、会社はベトナム雪だるまである!」
 「従って、まだ、ボーナスなどを払える状況ではない!」
 「今後、皆それぞれの目標を達成出来るように頑張って欲しい。
  皆が目標を達成できれば昇給も、ボーナスも払えるようになる。」
 「しかし、成果無くして昇給無し!である。」
 「故に、目標は必ず達成するように!」
 「2月からは、新しい社員も増えるので、皆先輩として新入社員をしっかり
  と指導して欲しい。」
 「いいね・・!」

 「が、しかし!・・・。」
 「会社としては、今回のボーナス支給は予定していなかったが、
  皆、お正月を楽しみにしているようであるし、皆の今後の成長に期待して
  私は、皆に、少しづつではあるがボーナスを払いたいと思う。」

 そう言って、
 リーダーには6000円ちょっとワーカーには4000円ちょっとのボーナスを配り
  ました。

 私の訓辞の間、どうも不満げな顔だった社員達・・。

 一人一人に封筒を手渡すときには一人残らず笑顔に戻っていました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今年は、1月26日が旧暦の元旦です。

24日の土曜日を13ヶ月給料の支給日にしています。

昨年の支給金額は、社員13名分で6万7000円程度で済みましたが、
今年は、昨年に比べて社員も増えていますし、まっとうに支給するためには、
昨年の4倍以上を覚悟しなければなりません。

しかし、彼らが一年そこそこで、しっかり成果を出してきたことを思えば
喜んで準備をしたいと思います。

(Mr.ホー)

(第35話)円高のメリット

私がダナンへ通い始めた頃の両替レートは・・、

見た目は怪しいけれどレートは良い、街場の宝石店(両替商)で両替をすると
およそ1JPYで145VNDでしたから、福沢諭吉の一万円札は、すべて髭を生やし
たホーおじさん(ホー・チ・ミン)の顔の緑色100,000VND札14枚と、はした
金でしかない10,000VND札数枚に変身したものでした。

ベトナムドン(VND)の為替レートは、米ドル(USD)とほぼ連動しているため
円ドルレートの動きによってJPY→VNDのレートが変動いたします。

幸いなことに、ダナンへ通い始めてからは、じわじわと円高基調でレートが
推移してきたため、最悪の時で、1JPY→135VNDということがあったものの、
通常は、1JPY→145VNDから160VNDといったレートで両替をすることができて
いました。

前の晩遅くダナン入りした西本君と私は、いつものように出勤前にサッと両替
を済ませておこうと、トウさんの運転する車を宝石店の前に横付けをしてもら
い両替するとビックリ!

何と!西本君の1万円札は、1,730,000VNDとなって戻ってきました。

私は残念ながら、ベトナムドン(VND)と同じく米ドル(USD)とのペッグ制を
とっている香港ドル(HKD)からの両替でしたので、全く円高メリットを享受
することは出来ませんでした。

1JPY→173VNDというのは、今までで最高の両替率です!

最悪の、1JPY→135VNDの時と比べると28%も有利になったことになります。

例えば、私はいつも3万円程度を両替しますので、

1JPY→135VNDなら、4,050,000VND!
1JPY→173VNDだと、5,190,000VND!で、

その差額は1,140,000VNDにもなります。

1,140,000VND!といってもピンと来にくいと思いますが・・、

例えば、Vietnam Dairokuの頑張りの少ない社員一人分の給料に相当します。

或いは、マッサージ2時間コース、8回分に相当します。

もっと言えば、ダイク村の昼食175食分(約8ヶ月分)に相当します。

現在、アメリカ発金融危機の影響で、世界同時不況或いは世界恐慌か!?と
いわれる中、トヨタを始めとする輸出関連企業の中間決算は惨憺たる状況と
なっています。
しかし、急激な円高は困るものの競争力のある輸出関連企業にとっての円高は
必ずしもマイナスばかりではありません。

日本の輸出関連企業は広東省の労働集約型企業やベトナム企業のように原材料
及び部材を海外から仕入れて加工賃のみを付加して輸出しているのではなく
原材料、部材に技術やノウハウ料をしっかりと付加して輸出するわけですから
原材料、部材の調達コストがド縲怎唐ニ下がるというメリットが出てきます。

販売価格が上がれば、海外への販売数量そのものは減少するのはやむを得ませ
んが粗利率は上がります。

従って、海外販売の減少分を国内販売でカバーすることが出来れば、しっかり
円高メリットを享受できることになります。

今回の円高はあまりにも急激でしたから、来年3月の決算では、各社ボロボロ
になるかもしれませんが、来年9月の中間決算あたりからは、上方修正する企
業も出てくるのではないかと思っています。

或いは、ひょっとすると、早ければ来年3月決算でも、輸出関連企業の中には
意外な好決算をするところが出てくるかもしれません。
各社決算が出揃う5月以降には、株価が上昇トレンドに入る個別銘柄も出てく
るのではないでしょうか。

また、前回お伝えした大六印刷のVietnam Dairokuに対して15,655USDの債務も
1USD→120JPYで換算すると、1,878,600JPYとなりますが、先週のレート
1USD→89JPYで換算するならば、1,393,295JPYとなり・・・、

労せずして、48万円も借金が減ってしまった!ということになります。

(ちなみに・・・、1USD→94JPYの時にどっと返済してしまいました。)

急激な円高・・。

海外へお金を支払う分にはとてもありがたい!ということになりますが・・、

今年はとにかく、不動産全くダメ、株ダメ、商品ダメ、債権ダメ・・、
アメリカダメ、ヨーロッパダメ、中国ダメ、インドダメ、ロシアダメ、ラテン
アメリカダメ・・・、で、年率10%以上の利回りを・・!と期待していた
香港のファンドはもうボロボロです。

日本経済や日本の明るい未来買いでの円高でなく、円キャリの巻き戻しや消去
法での円買い資金による円高であるとすれば、やがて始まるであろう急激な円
安リバウンドがとても心配です。

その前に・・・、

リクエストもぽちぽちいただいていますので、

3月か4月あたり・・、

「円高メリット充分堪能するぞ!季節もいいし仕切直しのベトナムツアー!」

でも企画いたしましょうか。

(Mr.ホー)
 

(第34話) 子会社に対する借金

アカウンターのチャーさんが、私に質問をしてきました。

「社長、本社への請求金額と実際の入金金額が合わないんですけど・・?」

「どういう理由でしょうか・・?」

Vietnam Dairokuで業務を始めた頃の売上は、日本円にして月に16万円とか
18万円とか、ほんのお小遣い程度の売上であったため、わざわざ毎月、海外
送金をすることはせず、BIDV(ベトナム投資開発銀行)にドカンと振り込んで
ある資本金を食いつぶすことによりお金を回してきていました。

その理由は、送金手数料の節約という意味の他に、銀行に潤沢な資金を置いて
おくことにより、社員達が「お金がある→儲かっている→使っても良い!」
という誤った認識を持つことを避けるという意味合いもありました。

それでなくても・・、

「タイムレコーダーが欲しい。」や、
「ホワイトボードが欲しい。」にはじまり、

「冷蔵庫が欲しい。」とか、
「金庫が欲しい。」とか、
「打ち合わせ用会議テーブルが縲怐B」とか、
「新しい机とイスが縲怐B」とか、
「新しいWinのPCが縲怐B」とか、

出張に行くたびに次々とモノを増やす提案が行われ・・・、

10月には遂に、私専用の机とイスまでがちゃんと準備されてしまいました。

(ちょっと嬉しかったりしますが・・。)

更に、土曜日には社員全員での食事会をしたり・・、

日曜日には、バスを借りてミニ旅行をしたり・・、

福利厚生が充実した社員にやさしい会社はいいのですが・・、

さすがに、たんまり蓄えがあった筈のBIDVのセービング口座であっても、
ず縲怩チと出金ばかりで入金がないのでは、あっと言う間にスッカラカンになっ
てしまうのは当然で、今年の夏頃から、本社が子会社に対して溜めてきた債務
の中から必要な分だけ数ヶ月分づつを送金するようにしていました。

11月現在、7月分までの支払いが済んでいるつもりでしたが、私は、1月縲鰀
2月分をまとめて送金した後、うっかり3月分を飛ばして4月分から送金して
いたのでした。

それで、3月分の2,542USDが宙ぶらりんになっているのをチャーさんに指摘さ
れたというわけです。

よ縲怩ュ調べてみると、現在、大六印刷はVietnam Dairokuに対して15,655USD
(およそ155万円)の債務があり、逆に、170,000,000VND(およそ110万円)
の債権があることがわかりました。

国内取引であれば、単純に相殺してしまえばよさそうなものでありますが、
ベトナム政府は、いろいろと外貨を持ち出しにくいルールを作っておりますの
で、簡単に相殺!という処理はできません。

本社が、Vietnam Dairokuに対して発行する請求書にしても、日本の請求書だ
けでなく英語版のInvoiceおよび、それが契約に基づく正当な債権であること
を証明するEvidence(例えば、契約書)が必要となります。

「え縲怩チ! そんなもの必要なのか!?」ということで急遽、急造Evidenceを
あとから捏造したとしても辻褄が合っていないと、あ縲怩セこ縲怩セと言って否認
されてしまい、ベトナムから送金することが叶わず、結局、本社の子会社に
対する債権は戻ってくる事のない不良債権、或いは、もともと無かったことと
化してしまうのは簡単なことです。

Vietnam Dairoku設立当初は、会社登録のライセンスはもらったものの、まだ
銀行口座もなく、資本金もなく、Taxコードもなく、従って、どこでどんな買い
物をしようと正式なHoaDon(領収書)を発行してもらえないという状況の中、
仕方なく私の個人資金をつぎ込んであれこれと買い物をしていました。

悲しいことに、我が家のリフォーム計画の頭金となるべく、その出番を待って
いた福沢諭吉たちは、知らぬ間にVietnam Dairokuの机となったりイスとなっ
たり、台湾製PCとなったり、ホテルの宿泊代となったり、社員達の胃袋の足
しとなったりと、Evidenceのない使い道のため、一人、また一人と、きれいに
私の手元から去っていったのでした。

となると、我が家のリフォーム計画は、「もともと無かったことに・・。」
という処理をするか、改めて、「時期をずらして仕切直しを・・。」という
処理をするか、ということになります。

しかし、今となって、ベトナム政府相手に捏造Evidenceをたてに気長に海外
送金の手続きをしていくか、最も手強い家内を始めとする夢見る女4人の家族
たちを相手にリフォーム計画の中止宣告、或いは、延期を説得するかは、どち
らを選んでもイバラの道であるという気がしているところであります。

あわれ、吾が、なけなしの福沢諭吉たちよ縲怐I

チンタッタ!チンタッタ!

(Mr.ホー)
 

(第33話)ダナン日本商工会発足!

先日、次のような案内がメールで飛び込んでまいりました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ダナン日本商工会 会員各位殿

 ダナン日本商工会の発足がダナン政府より2008年10月9日付けで正式
 に決定されましたのでご報告申し上げます。(10月10日午後受け取り)
 詳しい経緯などは、ダナン日本商工会2008年度総会にてご説明申し上げ
 ます。

 日本語名:  ダナン日本商工会
 英語名 :  THE JAPAN BUSINESS ASSOCIATION IN DANANG
 略 名 :  JBAD

   2008年度総会と設立記念パーティーのご案内

 先に、10月25日土曜日開催予定とお知らせしておりましたが、ご招待客
 へのご連絡、日程の調整などを鑑み、下記に変更になりましたのでご了承
 下さい。

 2008年度総会 11月22日土曜日 16時より17時過ぎまで
                  (受付 15時30分より)
          ドンダー通りサイゴントゥーランホテル中会議室

 設立記念パーティ 11月22日土曜日 18時より20時まで
          サイゴントゥーランホテル食堂
          立食式ビュッフェパーティー予定

 各詳細は後日、総会については事務局より、パーティーについては
 担当実行委員会からお知らせいたします。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

以前、メルマガでご紹介いたしましたように、ベトナムでは原則として結社の
自由は認められていないことになっています。

但し、商工会というような団体は一国につき一団体だけは認められますので、
「ダナン日本商工会」は、形式的にはベトナム日本商工会のダナン支部という
位置づけでベトナム政府から認可してもらったわけです。

いずれにしても、会長をはじめ事務局長および関係各位の忍耐強い努力の賜であります。
弊社も、井上事務局長やダイク村長のお誘いをいただきまして末席に加えて
いただくことになりました。

ダナン日本商工会は、会員相互の交流と親睦、および日本・ベトナム両国の
親善、文化交流をはかり両国間の通商、及び経済協力の促進に寄与することを
目的として設立されました。

現在、会員は37社ですが、ホーチミンやハノイのように数百社の日系企業が
入り乱れて人材獲得のために制御不能な無法地帯と化してしまう前に日系同士
が協力してダナンにおけるビジネス環境を整えていこうとしています。

具体的には、工業部会、商業部会のほか、生活環境委員会、事業環境委員会、
などの活動が行われており末席会員である私の所へも頻繁にご案内が流れてき
ます。

最近だけでも・・・、

○日本大使館による領事出張サービス
○無予告停電についてダナン市長宛て緊急の対策要請
○越日文化交流ホイアンフェスティバル
○ダナンで最初のゴルフコースのご案内
○N様死亡のお知らせ
○ホーチミン部品調達商談会出展者募集のご案内
○越日文化交流ホイアン祭りの御案内
○ダナンに日本食材店オープン
○ホイアン行きマイクロバスの運行
○ホーチミン工作機械展のお知らせ
○ダナン日本商工会会則
○日系企業を御紹介頂けないでしょうか?
○Yさんより「日本語祭り」に対する寄付の御礼
○日越経済フォーラム(大阪、東京)のご案内
○日越外交関係樹立35周年記念の行事
○中国・ASEAN 博覧会と南寧投資環境、中越国境視察ミッションのご案内
○ホーチミン 日系企業支援セミナー
○大使館より 台風情報
○情報誌”ビナ Boo ”無料配布のお知らせ
○Yさん帰任の挨拶
○事務局からベトナム各地電話番号変更のお知らせ
○日本映画 3 作品が VTV3 で放送されます
○最低賃金法の改正の件
○ダナン日本商工会正式認可と第1回総会、設立記念パーティーのお知らせ
○スペシャルコンサート開催のお知らせ
○日本レストラン「海味( UMI )」 OPEN !!
○JBAD会員証の発行
○新個人所得税法についてのダナン市税務局講習会
○ダナン日本商工会 総会とパーティーのご案内
○総会の件
○ホーチミン部品調達商談会来場者募集のご案内

と、弊社が日本で籍を置くどの団体よりも頻繁に、且つ熱心に会員のための
情報提供が行われている団体であると言えます。

さらに先日、総会後のパーティーの案内が流れて参りました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ダナン日本商工会発会記念パーティー

 日 時:   2008年11月22日 土曜日

 午後5時30分受付開始、午後6時パーティー開始、午後8時閉会予定

 場 所: サイゴントゥーランホテル 1階 メインレストラン

 お食事、お飲み物: 立食のビュッフェ形式(握り寿司を含む)
           ビール、ワイン、ソフトドリンク各種
 パーティー参加費(当日受付で支払い。会の領収書を発行いたします)
 男性会員、会員家族、会員社員 男性  VND200,000
                女性  VND150,000
 会員以外           男性  VND250,000
                女性  VND200,000

 竏駐坙{大使館、JETRO、JICA、VJCCなどからの来賓も予定され
  ております。
 竏駐坙{商工会からは、ハノイからは会長、事務局長、ホーチミンからは会長
  のご出席が予定されております。
 竏窒mHKのハノイ支局よりの取材も確認されております。
 竏茶xトナム側には市長、副市長、外務局長、内務局長、投資計画局長、警察
  署長をご招待しております。

 従って、堅苦しいようですがご出席の際はカジュアルビジネスウェアー
 (会社制服可)でお願いします。
 また、出席者の方にネームカードホルダーをご用意いたしますので、お名刺
 をお忘れなくお持ち下さい。(名刺が無い場合は、会社名、団体名とお名前
 をサインペンで書いてカードホルダーに入れていただきます。)
 是非、この機会にダナンの日本人同士の友好を図るためにも、ふるってご参
 加下さい。

 会場準備等のため、11月14日中に下記にて当メールに出欠のご都合を
 ご連絡下さい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私も、まだ面識のない方々への挨拶回りを一度で済ませるのと、理事メンバー
の方々や事務局への日頃の御礼も兼ねて出席させていただくことにいたしまし
た。

ベトナム側から、市長、副市長、外務局長、内務局長、投資計画局長、警察
署長をお招きするということは、相当オフィシャルなパーティーであります。
決して、私の十八番である「アカペラ俵星玄蕃!」などはお呼びでない雰囲気
であろうことが想像出来ます。

初参加のダナン日本商工会!

また、メルマガネタもしっかり拾い集めて、感想リポートはまた、おいおい
ご披露させていただこうかと思います。

(Mr.ホー)
 

(第33話)ダナン日本商工会発足!

先日、次のような案内がメールで飛び込んでまいりました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ダナン日本商工会 会員各位殿

 ダナン日本商工会の発足がダナン政府より2008年10月9日付けで正式
 に決定されましたのでご報告申し上げます。(10月10日午後受け取り)
 詳しい経緯などは、ダナン日本商工会2008年度総会にてご説明申し上げ
 ます。

 日本語名:  ダナン日本商工会
 英語名 :  THE JAPAN BUSINESS ASSOCIATION IN DANANG
 略 名 :  JBAD

   2008年度総会と設立記念パーティーのご案内

 先に、10月25日土曜日開催予定とお知らせしておりましたが、ご招待客
 へのご連絡、日程の調整などを鑑み、下記に変更になりましたのでご了承
 下さい。

 2008年度総会 11月22日土曜日 16時より17時過ぎまで
                  (受付 15時30分より)
          ドンダー通りサイゴントゥーランホテル中会議室

 設立記念パーティ 11月22日土曜日 18時より20時まで
          サイゴントゥーランホテル食堂
          立食式ビュッフェパーティー予定

 各詳細は後日、総会については事務局より、パーティーについては
 担当実行委員会からお知らせいたします。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

以前、メルマガでご紹介いたしましたように、ベトナムでは原則として結社の
自由は認められていないことになっています。

但し、商工会というような団体は一国につき一団体だけは認められますので、
「ダナン日本商工会」は、形式的にはベトナム日本商工会のダナン支部という
位置づけでベトナム政府から認可してもらったわけです。

いずれにしても、会長をはじめ事務局長および関係各位の忍耐強い努力の賜であります。
弊社も、井上事務局長やダイク村長のお誘いをいただきまして末席に加えて
いただくことになりました。

ダナン日本商工会は、会員相互の交流と親睦、および日本・ベトナム両国の
親善、文化交流をはかり両国間の通商、及び経済協力の促進に寄与することを
目的として設立されました。

現在、会員は37社ですが、ホーチミンやハノイのように数百社の日系企業が
入り乱れて人材獲得のために制御不能な無法地帯と化してしまう前に日系同士
が協力してダナンにおけるビジネス環境を整えていこうとしています。

具体的には、工業部会、商業部会のほか、生活環境委員会、事業環境委員会、
などの活動が行われており末席会員である私の所へも頻繁にご案内が流れてき
ます。

最近だけでも・・・、

○日本大使館による領事出張サービス
○無予告停電についてダナン市長宛て緊急の対策要請
○越日文化交流ホイアンフェスティバル
○ダナンで最初のゴルフコースのご案内
○N様死亡のお知らせ
○ホーチミン部品調達商談会出展者募集のご案内
○越日文化交流ホイアン祭りの御案内
○ダナンに日本食材店オープン
○ホイアン行きマイクロバスの運行
○ホーチミン工作機械展のお知らせ
○ダナン日本商工会会則
○日系企業を御紹介頂けないでしょうか?
○Yさんより「日本語祭り」に対する寄付の御礼
○日越経済フォーラム(大阪、東京)のご案内
○日越外交関係樹立35周年記念の行事
○中国・ASEAN 博覧会と南寧投資環境、中越国境視察ミッションのご案内
○ホーチミン 日系企業支援セミナー
○大使館より 台風情報
○情報誌”ビナ Boo ”無料配布のお知らせ
○Yさん帰任の挨拶
○事務局からベトナム各地電話番号変更のお知らせ
○日本映画 3 作品が VTV3 で放送されます
○最低賃金法の改正の件
○ダナン日本商工会正式認可と第1回総会、設立記念パーティーのお知らせ
○スペシャルコンサート開催のお知らせ
○日本レストラン「海味( UMI )」 OPEN !!
○JBAD会員証の発行
○新個人所得税法についてのダナン市税務局講習会
○ダナン日本商工会 総会とパーティーのご案内
○総会の件
○ホーチミン部品調達商談会来場者募集のご案内

と、弊社が日本で籍を置くどの団体よりも頻繁に、且つ熱心に会員のための
情報提供が行われている団体であると言えます。

さらに先日、総会後のパーティーの案内が流れて参りました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ダナン日本商工会発会記念パーティー

 日 時:   2008年11月22日 土曜日

 午後5時30分受付開始、午後6時パーティー開始、午後8時閉会予定

 場 所: サイゴントゥーランホテル 1階 メインレストラン

 お食事、お飲み物: 立食のビュッフェ形式(握り寿司を含む)
           ビール、ワイン、ソフトドリンク各種
 パーティー参加費(当日受付で支払い。会の領収書を発行いたします)
 男性会員、会員家族、会員社員 男性  VND200,000
                女性  VND150,000
 会員以外           男性  VND250,000
                女性  VND200,000

 竏駐坙{大使館、JETRO、JICA、VJCCなどからの来賓も予定され
  ております。
 竏駐坙{商工会からは、ハノイからは会長、事務局長、ホーチミンからは会長
  のご出席が予定されております。
 竏窒mHKのハノイ支局よりの取材も確認されております。
 竏茶xトナム側には市長、副市長、外務局長、内務局長、投資計画局長、警察
  署長をご招待しております。

 従って、堅苦しいようですがご出席の際はカジュアルビジネスウェアー
 (会社制服可)でお願いします。
 また、出席者の方にネームカードホルダーをご用意いたしますので、お名刺
 をお忘れなくお持ち下さい。(名刺が無い場合は、会社名、団体名とお名前
 をサインペンで書いてカードホルダーに入れていただきます。)
 是非、この機会にダナンの日本人同士の友好を図るためにも、ふるってご参
 加下さい。

 会場準備等のため、11月14日中に下記にて当メールに出欠のご都合を
 ご連絡下さい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私も、まだ面識のない方々への挨拶回りを一度で済ませるのと、理事メンバー
の方々や事務局への日頃の御礼も兼ねて出席させていただくことにいたしまし
た。

ベトナム側から、市長、副市長、外務局長、内務局長、投資計画局長、警察
署長をお招きするということは、相当オフィシャルなパーティーであります。
決して、私の十八番である「アカペラ俵星玄蕃!」などはお呼びでない雰囲気
であろうことが想像出来ます。

初参加のダナン日本商工会!

また、メルマガネタもしっかり拾い集めて、感想リポートはまた、おいおい
ご披露させていただこうかと思います。

(Mr.ホー)
 

(第32話) 気ながにコツコツ努力する?

「ベトナムの公務員は給料が安いから、ある程度裏金収入も必要であろう。」

などという呆れた理屈を、ベトナムの新聞が堂々と論じていました。

えてして社会主義国に於いては・・、

あれダメ!これダメ!という規制の嵐に始まって、
些細なことにもいちいち申請や許可が必要な面倒な手続き、
検査!検閲!といった検査官、検閲官の自由裁量によるOK出しシステムなど、

何をするにも誰かからお許しをいただかなければならないという
「お願いシステム。」が蔓延しています。

そのくせ、ダメである筈であるのに、ダメである筈のところで、ダメである筈
のことを堂々と行っている輩も居たりします。
(弊社の、中古Mac持ち込みもその一例ではありますが・・。)

結局、冒頭の呆れた理屈を正当化してしまおうとする「お国の空気」がそれを
許しているということなのだと思います。

また、稼げるうちに「手っ取り早く稼ごうとする。」習慣が蔓延することにも
繋がっていくのかもしれません。

中国評論家の宮崎正弘氏いわく・・・、

「中国では与えられた権限のなかでどれだけ賄賂をふんだくれるかで、優秀で
 あるか無能であるかが評価される。」
という話をしておられました。

要するに、たくさん賄賂を稼ぐ奴は優秀で真面目で誠実な役人は無能である
ということ。
従って、「彼はとても真面目で誠実な役人さんですよ。」などと言って誉めよ
うものなら、その表現は全くその役人を誉めたことにはならないばかりか、
返って「馬鹿にするな!」といって怒りを買うことになるのだそうです。

「それが、そのままベトナムか!?」というと、それはどうかわかりませんが
「それは、ほぼそのままベトナムにもあてはまるに違いない!」とでも表現を
変えるとすれば、ほぼ当たり!でありましょう。

お国の空気がそういう空気で充満しているのであれば、民間においても・・、

「丁稚奉公の身である今は不遇であっても、一つ仕事に真面目にコツコツ取り
組んで刻苦勉励するならば!」
「いずれはその努力は報われて、自分も番頭さんになれるのだ!」
「その後、ご主人さまから暖簾分けでもしてもらって一国一城の主となり、
 ゆくゆくは、歴史に名を残す大商人となることも夢ではないのだ!」
などという気ながにコツコツ努力することが素晴らしいという価値観は育ちに
くいのでは?という気がいたします。

いくら私がリーダー社員達に対し・・、

「今、頑張れば、いずれはお前は社長になれるんだ!」

「お前が社長になって、会社が利益を出し続けている限り、給料は取り放題
 なんだぞ!」

「頑張れよ!頑張れよ!頑張れよ縲怐I!!」

などといって、太鼓を打ち鳴らし、激励をし続けても・・。

「私の条件が認められないのなら・・、私は、今すぐ病気になります・・。」
とか・・、

「私は、明日から田舎に帰ります。 私の希望が叶わないのなら・・、
会社へは戻りません・・。」とか・・、

「今すぐ、給料がいくらにならなければ・・、私は、会社を辞めます・・。」
などという・・、

「お前!アホか!!」みたいな話になってしまうのでしょう。

 

私が、初めてダナンに行った時、通訳として同行してくれダナン外務局の職員
であったハイさんは、先々月、DAIKU村のAI-ECOさんに入社していました。

 「あれ縲怐I? ハイさん!何でここにいるの!」

「AI-ECOの社員になりました。」

 「そうか! ハイさんも気長な努力の大商人にはなり得なかったんだね。」

「???」

ハイさんは、若くて優秀ですし、政府関係の人脈もありますので、AI-ECOさん
にとっては彼の加入は大きな戦力補強となります。

しかし、アホ!や、たわけ!や、ノータリン!が多々生息している環境に悩ま
されているDAIKU村の人たちから・・、

「大六さんのユンはもうけものでしたね!」
「あんな子は、めったに居ませんよ!」
「大当たり!ですよ!!」

などと、よく言われます。

 

私は、現在リーダーとして必死になって頑張っている「大当たり!の」ユンを
心から幸せにしてあげたいと願っています。

それは・・、彼女が私を信じてくれているからです。

銭金だけの関係ではなく、「人」として信じてくれているからです。

私の言葉を信じて大変な苦労しながらも一生懸命ついてきてくれている彼女は
単なる上司と部下という関係ではなく、日本人ホーの「心を」信じて「心」を
示してくれたベトナム人ユンという「人」対「人」の関係として「知恩報恩」
(恩を知り恩に報いる)を実践しなければならない。
即ち、「心でしてくれたことは、心で返さなければならない!」のが当然であ
ると思うからです。

そのためにまず、私は、彼女が今後社長としてやっていけるための環境を準備
し始めました。
弱冠25歳の、しかもこれから結婚、出産も控えた独身の女性が社長として
やっていくためには、当然、様々な課題があります。

「それは、ちょっと無茶でしょう!」というご意見もいただきますが、
私は、それらを乗り越えていくことは充分可能だと思っています。

大当たり!の人材とは、
「気長にコツコツ努力する。」という我々日本人の感性にピッタリで、
「愚痴も言わず、要求もせず、あの子よく頑張ってるよね!」などと評価され
「もっと、給与やそれ以外でも本人の望む以上の形で報いてあげたくなる!」
ような人材のことだとすると・・、

ベトナムにおいて、大当たり!の人材に巡り会うのは、砂金の中から金を探す
以上に希なことなのかもしれません。

(Mr.ホー)
 

(第31話) 単月黒字!

ベトナム出張時の私の大切な仕事・・。

それは、アカウンターが作成している社員の給与台帳、支払明細、銀行口座
明細書などを引っ張り出して全てチェックして(全てベトナム語)、これ何?
あれ何?これ何のこと?と質問責めタイムを過ごした後、一時間程費やして
Vietnam DairokuのMr.ホー流「月次試算表」を作ること。

出勤簿を睨みながら、社員ひとりひとりの月別生産高が記入してある統計表
をチェックして真面目によくやってるね社員が誰か!或いは、やる気がないの
か出来ないのかとにかく赤字社員は誰か!を確認しつつ、社員のモチベーシ
ョンを上げ続けるための次なる一手となるべき「ボタン」のありかを探し出す
こと。

そして、日々の業務から発生する様々な問題点や課題をリーダーやサブリーダ
ーに説明し、その改善方法を指示し、更に、すぐ取り組みなさい的宿題を与え
ながら前回までの宿題の進捗状況とその「完成度をチェック」することです。

しかし・・、

その中でも特に気になるのがVietnam Dairokuの「月次試算表」です。

昨年10月に業務を開始してから今年の8月までは、しっかり赤字!

Vietnam Dairokuは、会社設立後、時間が経てば経つほど、毎月、毎月、雪だ
るまのように赤字もDAIKUからの借金もふくれあがっていくという真っ赤っ赤
のベトナム雪だるま!状態でした。

当然!まだ、銀行のキャピタル口座に資本金が無く、口座預金カラカラの頃に
暫定的!のつもりで継続的につぎ込んでいたなけなしのMr.ホー個人資金が、
私の手元へ再び元気な姿で戻って来ることもなく・・・、
その後、ドカ縲怎唐ニ投下したはずの資本金も、あっさり、ペロリと食いつぶし
てしまい・・・、

本社の脛を囓りつつ本社の資金繰りにもじわじわと悪影響を与え続けている
困った放蕩息子状態なのでした。

ところが・・・!

この9月度は、見事に!Vietnam Dairokuの有史以来、初めての単月黒字を
叩き出したのです!

8万円も・・・!?

創業以来一年ちょっとで単月黒字!という、この、早すぎる栄光へのビクトリ
ーロードへ至る道には、前回仕込んでおいたちょっとした仕掛けの効能があり
ました。

ベトナム労働法には、以下の規定があります。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 使用者と労働者は、試用期間の設定について合意しなければならない。
 この試用期間の労働者の賃金は、当該業務における正式従業員の賃金の
 少なくとも70%に相当する金額でなければならない。
 試用期間は、高度な専門技術の労働については60日を、その他の労働に
 ついては30日を越えないものとする。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

要するに・・、

高度な専門技術かどうか云々については、取りあえず「高度な専門技術だ!」
と言っておけば良いわけですから、
1.試用期間中の賃金は正社員の70%以上支給しなさい。
2.採用後、2ヶ月を越えたら正社員にしなさい。
ということです。

そこで、弊社では入社後3ヶ月めにさしかかるところで、よほどの問題児で
ない限り自動的に会社と社員との間で労働契約を締結し、正社員として認め
ていました。

しかし、7月の出張時、リーダーのユンに次のことを指示しておきました。

1.入社後60日を経過し正式採用をしてしまえば正社員にしなければならない
  わけだが正社員を、正社員Aと正社員Bの二段階にすること。
2.正社員Aは、本正社員として、基本給900,000VNDに、通勤手当300,000VND
3.正社員Bは、準正社員として、基本給850,000VNDで、通勤手当200,000VND
4.新人は、正式採用した後準正社員からスタートし、月間生産高の合格基準
  を越えるまでは正社員Bとしての報酬を支払うこと。
5.しかし、正式採用した後一ヶ月でも月間生産高の合格基準超えたら本正社
  員として正社員Aの報酬にシフトすること。
6.そして、やる気のない奴はビシビシと怒ったり、叱ったり、らじばんだり
  して一生懸命頑張る集団になるよう、厳しくやってくれ。

即ち!
「正式採用されたら、もくもくと頑張って早く一人前の正社員Aになれよ!」
作戦のスタートです。

これが、見事に的中しました!

9月度は、本正社員も準正社員も見事!全員が、月間生産高の合格基準に達す
ることが出来たのです。

中でも、アカウンターのアンさんは、アカウンターの仕事もこなしながら、
合格基準の190%を達成する頑張りようでしたし、前回私にスルメイカをくれた
子持ちのハンさん(妹)も合格基準の160%を達成してくれました。

いままでは、真面目で勤勉な女子社員と、いかに楽して金だけもらうかという
不真面目無気力男子社員のモチベーションの差が大きく、全体の生産高が伸び
悩んでいました。

そこで、リーダーのユンが、「あんた!遊びに来ているの?的女子社員」と
「おまえ!無気力だね!男子社員」数名に対して大鉈を振るって、自己都合
退社に追い込んでしまい、大学サークルのような仲良し集団的な社風だった
Vietnam Dairokuが「頑張る!」仕事師集団へと変貌しつつあることが大きい
ようです。

ベトナムでは、これがなかなか出来ないのです。

日本人管理者が居ればそれほど問題ないのでしょうが、ベトナム人がベトナム
人を管理するという環境においては、彼らはお互いをかばい合うという性癖が
あるため、ベトナム人管理者が同僚である社員に対して大鉈を振るってビシビ
シ指導し、挙げ句の果てにはダメ社員を自己都合退社にまで持ち込むというこ
とはとても難しいことなのです。

リーダーのユンが行った冷徹な首切り行為は、既に会社を去っていったトゥン
君の言葉を借りれば、「ユンさんは、厳しいです。辞めたくないと言っていた
社員まで辞めさせてしまいました。」とのことですので、
「泣いて馬謖を斬」ったというよりも、「指桑罵槐(しそうばかい)『桑を指
さして槐を罵った』」の首切り大会だったと評したほうが正解でしょう。

かつて、毛沢東が周恩来を間接的に批判するために林彪や孔子を批判する形
をとって行った「批林批孔運動」も『桑を指さして槐を罵った(指桑罵槐)』
の事例として語られています。

ともあれ・・、

8月には27名いた社員の中から4名の無気力赤字社員が退社し、新人が新た
に加わったので、9月度の社員数は24名となりましたが、人数が減ったにも
かかわらず、9月の生産高は何と!8月の3割増しとなったのです。

これから、この「頑張る!」仕事師集団化しつつある美しいベクトルが、
翌月からも、曲がったり、萎んだり、らじばんだりしないように「見張る」
のが弊社顧客担当の田中君の大きな務めとなってまいります!

田中君!たのみますよ!!!

本社では、決して女子社員たちに相手にしてもらえないけれど・・、

今月、初めてダナンの地に足を踏み入れて、Vietnam Dairokuの女子社員達に
囲まれて、「田中さん!田中さん!田中さん!!」と一躍人気者になり・・、

アカウンターのチャーさんとはツーショットでお互いに先生役になって日本語
教室やベトナム語教室を繰り広げたり・・、

私が、岐阜県のミッションとの同行で不在の時は、リーダーのユンと一緒に
二人きりでベト飯ディナーに行ったりと・・、

とてもいい思いをしてきたのですから・・・。

(Mr.ホー)
 

(第30話)どこまでもアホな奴ら

ダナン空港に着くと、リーダーのユンさんとアカウンターのアンさん、そして
4月に病気のために退社した元リーダーのカーンさんが花束を持って私と田中
君を迎えに来てくれていました。

 「やあ、やあ、カーン!久しぶり!」

「社長!お久しぶりです。 お元気でしたか!?」

「私は、すっかり元気になりました!」

「ここが手術の跡です。」

カーンは、喉の病気ということでリタイアすることになってしまったのですが
彼女の喉にはくっきりと痛々しい手術の傷跡が残っていました。

彼女は、退院の後職探しをしていたが良い就職先がなく、現在はアルバイトで
日本語学校の先生をしているという噂を聞いていました。

弊社には夜勤があるため、彼女の母親は夜勤業務が彼女の体調を悪くさせた
という思い込みがあり、彼女の復帰を許さず、結局、カーンは会社を退社せざ
るを得なかったとも聞いていました。

 「今、何やってるの?」

「何もしていません。 家事手伝いです。」

使えるリーダー不足に苦しんでいる私としては、思わず・・、

「そうか!じゃウチへ戻りなよ!」と言ってしまいそうになりましたが、一旦
退社した社員の復帰を認め、しかも夜勤をしないリーダーもあり!ということ
となると一挙にモラルの崩壊が深刻な問題となるため、そこはぐっと堪えて、

 「今日は、わざわざありがとう!」

 「カーンの元気そうな顔を見られて嬉しかったよ!」

といって笑顔のまま彼女達と別れました。

翌日、「彼は、本当に会社を辞めました。」とユンから報告を受けていた
トゥン君からの連絡が入りました。

「社長。 会って話をしたいです。 時間はありますか?」

その日は、午後から岐阜県のミッションがダナン入りし、二日間同行すること
になっていましたので、午前のうちにアカウンターと供に銀行へ行くことに
していました。

 「今日も、明日もスケジュールが一杯で時間が取れないね~。」

 「だけど、今から銀行へ行くから銀行のロビーでよければ話を聞こうか。」

 「どうせまた、銀行はもたもた時間がかかるから、充分話をすることは
  できると思うよ。」

「わたしは、今すぐ銀行へ行きます!」

銀行へ着くと、既にトゥン君は来ていました。

トゥン君の話というのは、

1.リーダーのユンは、全くトゥン君のいうことを聞かない。
2.ユンは管理者として厳しすぎて、もう何人もクビにしてしまった。
3.クビになった社員の中には、優秀な社員?もいたし辞めたくなかった社員
 もいた。
4.現在、ユンとは一緒に仕事をしたくないと思っている社員もいる。
5.日本人の管理者を置いて欲しい。
6.アカウンターの給料をもっと上げてやってほしい。
7.そして、自分は、月間3,200,000VNDを保証してもらえれば会社に残る。
というものでした。

私の勘ぐりとしては・・・、

ユンとの比較において、日本語力も、リーダーの技量という点でも実力不足の
トゥン君は、ユンの担当時に比べてトラブルやミスが多いため、日本側担当者から
しばしば叱責を受け、「ストレスが原因で病気になりました。」などと訴えて
いたように、同じリーダー職とはいえ、会社内でも日本側との関係においても
ユンとは明らかな実力差がついてしまっていました。

その上、病気療養を含めて長期の戦線離脱をしていたため、もはや会社内に
おける次期社長候補をめぐるリーダー間競争では完全に敗け組となってしまっ
た感があります。

長期戦線離脱の間、彼が当然行っていたであろう就職活動では、おそらく月間
3,000,000VND程度の金額提示を受けていたであろうことから、それを上回る
金額の月間3,200,000VND程度が確保できて、更に、会社に復帰する際、ユンが
仕切っている元では居心地が悪いので、願わくば日本人管理者の元、ユンと
対等の立場で業務にあたりたいと考えたのではないかという話のシナリオを
想定してみました。

ただ、アカウンターの給与までを心配しているのは彼のやさしさでしょうか。

私は、

1.仕事は厳しくて当然である。
2.我々は、インドや中国との競争を戦っていることを忘れてはならない。
3.会社全体の生産性を上げるためには、時にはリーダーの判断で、
  「泣いて馬謖を斬る」ジャッジも必要なのである。
4.現在のところ、日本人管理者を置く考えはない。
5.アカウンターの給与は検討する。
6.そして、トゥン君は、謂わば自己都合により長期戦線離脱していたので
  あるから、9月のリーダー昇給対象には該当しない。
  しかし、復帰後3ヶ月後の成果を鑑みて来年1月より3,500,000VNDにする
  用意はある。
と言う旨を伝えました。

「考えます・・。」

との返事を残した彼と別れましたが、私としてはすでに、
「もはや、これ以上彼に期待する気はない。」
という判断をしていました。

翌々日、土曜日の全体社員会議が終わった後・・・、

今度は、リーダー見習いのテン君が、
「私の給料を上げてほしい・・。」
といって私のところへやってきました。

現在のテン君の給与水準は、ユンよりは安いもののやり手のサブリーダーより
も高い水準を支給しています。

彼は、トゥン君のいない間リーダー職に従事していましたが、毎日のように
イージーミスによるトラブルを引き起こすため、日本側の顧客担当の田中君は
テン君の尻ぬぐい役となって「すみません!すみません!すみません!」を
連発するのが日課になってしまっています。

そのため、テン君用リーダー職務分掌を設定し、業務改善点と合格ラインを
明示した上で、顧客担当田中君の判断で、合格点に達したとお墨付きをもらえ
れば、晴れて「リーダー合格!」ということで大幅に昇給するという事にして
いました。

にもかかわらず・・、

「私の希望としては、基本給は・・・、職務手当は・・・・。」
などと次々と、都合のいい要求ばかりをしてくるので、改めてテン君の現状
の働きぶりは・・・、業務改善点は・・・、と、縷々説明し、早く合格点に達
するよう促しました。

すると、テン君が言うには、

「来週から、二週間ほど田舎に帰ってきたいです。」

「休みをいただいていいですか。」

「もし、給料が上がらないのなら・・、 戻らないかもしれません・・・。」

 「!!!!!」

 「そう・・・・。 じゃ、勝手にすれば・・・・・。」

その時、既に私は、「リーダーは、ユン一人でいい!」

現在4名いるサブリーダーがユンの替わりを務めることが出来るよう、今後、
業務指示は全て英語で行う事に決めていました。

会社の現況と今後のビジョンについて・・、

会社が如何に利益を生み出しやすい体制になっているかについて・・・、

リーダーの踏ん張りが、如何に社員全員の利益に繋がるかについて・・・、

そして、彼らにとって、現在のポジションが如何に素晴らしい棚ぼたのチャン
スであるかについて・・、

どれだけ、どれだけ、どれだけ、どれだけ、心を尽くして説明しても・・、
目先のことしか、自分のことしか考えられない、思考を巡らすことの出来ない
アホ達とは、もう、一緒に仕事をすることはおろか話もメールもしたくない
気分になってしまっていました。

 「3日後・・・・。」

今日は既に! サブリーダーと田中君、英語で業務連絡を行っています。

「社長!」

「全然問題ないですね!」

 「時おり・・、上手にサブリーダーを誉めてやってくれよ。」

「はい! そうですね!!」

日本語コミュニケーションにこだわらず、

何故、もっと早く英語化に取り組まなかったのでしょう・・・ね。

(Mr.ホー)
 

(第29話) あきれた要求

先日、リーダーのユンから、「トゥンさんは、本当に辞めました。」

という報告が入り、日本語が出来るスタッフは当初からのメンバーであるユン
さんと今年の春から加わったテンくんだけとなってしまいました。

ダナンでは日本語の出来る人材の確保が容易ではないためVietnam Dairokuの
今後の体制をどのようにしていくかがとても悩ましいところです。

日本人駐在を置くことにすれば話は簡単なのですが、その分ランニングコスト
が上がってしまいますので「切り抜き一点60円!」を維持していくためには
人数も仕事量も大幅にアップさせる必要が出てまいります。
更に、また、中古マックをベトナムに持ち込むために税関とのバトルを繰り返
さなくてはならないのも鬱陶しい話です。

先週の展示会「PRIMEDIX TOKYO 2008」の最中、私の携帯に一本の電話が入り
ました。

「もしもし・・、シャチョですか?」

「ワタシワ、テン?です。」

 「おっ!テンくんか? 何? どうした?」

「ワタシノ、メール、ミマシタカ?」

 「メール? 見てないよ? メール送ったの?」

 「見てないよ。 もう一度送っといてくれる?」

「ハイ、ワカリマシタ。」

テン君にしては、ちょっと声が違うような気もしましたが展示会のワサワサ
した雰囲気の中でしたので気にすることもなくさっさとブースへ戻りました。

翌日、同じメールが3本届いていました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

社長

お元気ですか。
私は病気を直しましたから、しばらく時間で仕事をやめて、おぼえますね。
現在のけんこうは元気になっています。
でも、会社で 夜勤することはぜんぜんできません。
だから、問題があって、社長と相談したいです。

1.夜勤することはできませんから、昼間だけ仕事をしたいです。

2.私とユンさんはベトナムダイロク会社で働くのは1年間になります。
そして、ベトナムでぶっかはかかくをあげますから、
せいかつの ほしょう ように、わたしのがんぼうは てあてがほしいです。

前の給料は全部 2500.000VND/1ヶ月をもらいます。
だから、今から、私のがんぼうは 1ヶ月で3,200,000VND 
がいいだとおもいます。

社長がどういだったら、早く返事をしてお願いします。。

トウン

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ふと、テン君にしては、声がおかしいな?とは思いましたが
トゥン君は「本当に辞めました。」との報告を受けていましたので、
まさかトゥン君からの電話だとは思ってもみませんでした。

要するに、Vietnam Dairokuを辞めて就職活動をしてみたものの思ったような
職場が見つからなかったということなのでしょう。

だから、条件闘争をしてみて、少しでも有利な条件を引き出そうということ
なのでしょう。

以前いたリーダーのカーンさんも今回のトゥン君も、
「夜勤があるため体調が悪くなった。」
そして、結局、病気を理由に退社ということになった訳ですが、
他のアカウンターもサブリーダーも一般社員も同様の勤務形態であるにも関わ
らず、「夜勤があるから病気になって・・・。」という社員が誰一人として居
ない以上、「リーダーの甘え」とか、「リーダーの驕慢心」とかを勘ぐってし
まいたくなります。

中国DTPの顧客担当の田中君は、日頃、テン君の日本語力不足に苦労して
いるためトゥン君の復帰を望んでいる筈なのですが、その田中君に、トゥン君
から来たメールをみせると、

「調子のいいことを言ってますね! リーダーでありながら夜勤は出来ません
 じゃ、他の社員に示しがつきませんよね。」

と、ビシッと一言でした。

私は早速、トゥン君にメールを返してやりました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

トゥン君へ

ベトナム大六は、昼の勤務、夜の勤務があります。

最初からこの条件については全員に話をし、

この条件に同意した人だけが入社契約を交わしています。

他の社員が全員同意している勤務条件を、

一人だけが、

ましてやリーダーが果たさないということで良いのでしょうか?

それは、日本では、ありえない話です。

カーンさんが居た頃のように、

ユンさん、テンくん、トゥンくんの3名でシフトを組んでいけば

昼、昼、夜、昼、昼、夜で回していくことができますから

昼、夜、昼、夜の現在と比べれば、リーダーのは楽になるのではないでしょうか?

 

3,200,000VNDの給料に関しては、OKです。

リーダーの給料は9月から増額していますので、

基本給、各種手当て等を合計すればそれ以上になっています。

以上、私の回答です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

Vietnam Dairokuは、ローカル社員だけで運営している会社です。

私は、いずれは、現在の社員の中から社長を決めて、彼らに全てをまかせて
しまうつもりです。

その事は、リーダーにはこれまでにも何度と無く話してきたことです。

Vietnam Dairokuの生産点数が増えるように一般社員達を引っ張って頑張って
やっていけば、Vietnam Dairokuという器は、リーダーたちにとって限りない
富をもたらす打ち手の小槌となるのです。

こんなおいしい話が他のどこにあるでしょう・・・。

私は、彼らの笑顔のために苦労して苦労してこの会社に取り組んでいることが

どうしてわからないのでしょう・・・。

 

お釈迦様は、成道(悟りを開かれた)の後、

「今、甘露の門は開かれた! 古き信よ去れ! 耳あるものは聞け!」

といって、その悟りの内容を説こうとされました。

しかし、当初、お釈迦様の説法に耳を傾けようとするものはいなかったと言わ
れています。

お釈迦様は、次のようにも説いておられます。

「牛を、水飲み場へ連れていくことは出来ても、水をむりやり飲ませることは
 出来ない。」とも、

お釈迦様の気持ちが少しだけわかったような・・・?

(Mr.ホー)
 

(第28話)おみやげ

「ベトナム人は、おみやげを持っていくと喜びますよ・・。」

と言う話を聞いたことがあった私は、ベトナム出張の際に、取引先、訪問先
及び社員達にも「気は心!」程度のちょっとしたおみやげを持っていくように
しています。

もっとも、ベトナム人だけでなく現地で日頃お世話になっている日本人の方々
にも、できるだけ大げさにならない程度の「気は心!」をちょこっちょこっと
スーツケースにしのばせて行くようにしています。

取引先や訪問先には、This is Japan!感、漂う、飛騨高山の特産品を!

社員達には、本物のキティちゃんシールセットとか、日本の飴10袋とか、
日本のヘアーバンドとか、和風のキーホルダーとか、男子社員には日本製?
6色ボールペンとか・・。

そして、現地でお世話になっている方々には、ひたすら酒!酒!酒!そして
タバコ!とか・・・。

ベトナムへ通い始めた頃は、軽い気持ちでおみやげを・・。
とやっていたのですが、次第次第に・・、

「さて、次回は何を持っていこうか!?」などと、ひと悩み、ふた悩みしな
ければならなくなってしまいました。

おみやげは、「えっ!こんな珍しいものをいただけるんですか!?」
といった驚きが喜びの源泉ですから、
極力、「な縲怩セ!こんなもの!」とか、「また、これですか!」という反応
にならないために、如何に低コストで驚きの喜びに繋げられる品定めをする
かが勝負だと思っています。

最初は、空港でひょいと選んで、機内持ち込みのビジネスバックにちょちょい
と詰め込んで、「さあ!これでおみやげの手配はOK!」とばかりに、安心して
悠々と喫煙スペースへ移動していたのですが、前々回の出張あたりから空港の
売店には、予算内で数を調達できて驚きの喜びにつながりそうなMr.ホー向き
おみやげ商品リストが乏しくなってきたのでした。

社員の数も増えてくると、一人500円予算としても、社員とダイクのガップの
分と多少の予備を見込んで、「これ10個にこれ5個ね、そしてこれとこれと
これも5個づつね!」と、などと買いあさっていると、悠に15,000円コースと
なってしまいます。

更に、リーダーのユンだけは特別扱いで、香港の空港で新作のポロシャツを
調達したり、それプラス、酒!酒!タバコ!などと調達していると、

「ベトナムの滞在費よりもお土産代の方が高くつく!?」という
冗談みたいなことになってしまいます。

それでも、一度、喜びのおみやげ癖をつけてしまったあとで・・、
「今回は、何にも無しよ縲怐I」というのも嫌なので、敢えて!滞在費よりも
おみやげに力を注ぐのが、Mr.ホー流の「粋!」であるかとも思い、粘り強く
ひと悩み、ふた悩みすることにしています。

7月の出張時に、Mr.ホー流の「粋!」が、予期せぬ形で報われることになり
ました。

例によって、土曜の夜は食事会・・。

結婚式を控えたサブリーダーのヴー君とその婚約者を囲んで、乾杯!乾杯!
乾杯!乾杯!と、海辺のフォーユーというベトナム海鮮料理の店でひとしきり
盛り上がったあとで、私はぽつりと、「ここのイカはとてもおいしいね縲怐I」
と言ってしまいました。

すると、店を出る際、Vietnam Dairokuオリジナルメンバーの一人であるハン
さん(妹)が、私にベトナム語で、「はい!社長へのおみやげ!」といって
ビニール袋に、『こりゃびっくり!特大スルメイカ大量おもちかえりセット』
を準備して手渡してくれました。

 「えっ! これ・・、全部、日本へ持って帰れってか!?」

 「あ・・、あ・・、あ・・、ありがとう・・・。」

 「でも、こ・・、このニオイはかなりキョーレツで・・・、

  日本に着く頃には、スーツケースにしまい込んだ私の所持品は全て、
  スルメの香ばしさに包まれてしまうのか!?」

という悲壮な驚きと複雑な喜びとをもたらしてくれるのでした・・・。

帰国する日のこと・・、

昼休み間際に、昼勤の女子社員達が私のまわりに集まってきて、そーっと
手提げ袋を差し出してくれました。

「来月は、社長の誕生日ですね!」

「みんなでお金を出し合って買いました。」

「これは、女子社員から社長への誕生日プレゼントです!!!」

なんと!!

手提げ袋の中身は、ストライプのYシャツとネクタイのセットでした!!!

 「え縲怐Iピエールカルダンって書いてあるけど、これ、高かっただろ!」

 「ありがとう! ありがとう! ありがとう! ありがとう!!!」

Mr.ホーおじさん、とっても感激!

 「何!着て見ろって! ぴったしじゃん!」

社員達から、予期せぬ驚きと喜びをいただくこととなりました。

その日いただいた私の予期せぬ驚きと喜びは、残念ながら・・・、
セントレアに着く頃にはしっかりスルメの香ばしい香りに汚染され、私の家内
の手で早速、クリーニング行きになってしまったのでありましたが・・。

さてさてさて・・。

次回のおみやげ予算は、最低でも倍掛けで見ておかなくては・・・。

特に、ハンさんには・・、
「朴葉みそ、鮎の甘露煮、飛騨の赤かぶら漬けのこてこて奥飛騨三昧セット」
でも持って行ってやるとしようか・・・。

(Mr.ホー)

(第27話)土日をまたいだ出張

Vietnam Dairokuは、昼夜二交代で営業していますので基本的には社員全員が
一同に顔を合わせる機会はありません。

そのため私は、極力土日をまたいだスケジュールで出張する様にしています。

なぜならば、土曜日は夜勤がないため、
土曜の夜は、「7時だよ!社員全員集合!」ができるチャンスだからです。

土曜の昼間の営業が終わった後、18:30縲鰀19:00頃に指定の場所に集まって、
食事をしたり、カラオケへ行ったりし、日曜日は希望者を募ってワゴン車を調
達して小旅行!というのが最近のパターンです。

これまでの行き先は・・、

そぼ降る雨のフエ旅行。 シクロで巡るグエン朝廟・・。とか、

誰もいない海。 Bien Dong Resortでの半日のんびりステイ・・・。とか、

五行山の寺院巡り及び、汗だく山登りの苦行体験!とか

ダナン市天空の避暑地、Ba Naでのビール飲んで木陰でお昼寝ツアー・・。

などなど・・、を社員達と共に楽しんでまいりました。

社員達に、
「ここへ来るのは何回目?」と聞くと、

ほとんどの社員が、
「初めてです。」とか、まれに「二回目です。」などと言いますから、

まだまだ、休日には家族や友人とどこかへ行ってレジャーを楽しむなどという
のは贅沢なことであり、休日は、友人と海水浴へいくとかビリヤードやネット
カフェで過ごすといった、手近な遊びを楽しむことで満足しているようです。

感覚的には、昭和30年代の日本の庶民感覚といったあたりでしょうか・・。

3年程前に、中小企業基盤整備機構の国際化支援アドバイス事業で専門指導
員の先生に、

「ベトナム人は、小旅行とか食事会とかといった会社の行事を喜びますよ。」
というアドバイスをいただきました。

日本では、慰安旅行にしても新年会にしても「会社の行事」と名のつくものは
喜ばれなくなってしまいました。

大六印刷でも昔は、月3,000円づつ集めて積立をし、足りない分は会社が負担
するから二年に一度位は海外へいこうぜ!というノリで社員旅行をやっていま
した。

しかし次第に・・・、

「ここなら行くけどあそこなら行かない!」とか、
「積み立てたお金を戻してちょうだい!」などという声が増えてきて、
参加者が50%を切ってしまった年から、もう、やらなくなってしまいました。

ベトナムでは・・、

「少欲知足!」の精神があるためなのか?

「社長にたかれ!」の根性があるためなのか?

はたまた、娯楽のバリエーションが少ないためなのか・・?

「今夜!みんなで食事に行こう!!」

などと言うと、昼勤の社員はもちろん、夜勤明けの社員も、はたまた、病気で
休んでいた筈の社員も、或いは勝手に婚約者なども連れて来る社員までいたり
で、ささささーっと、ほぼ全員が集まってきます。

一声、かけただけでほぼ全員が集まってしまう!
というのは、とても気分がいいものです。
否!「気分がいい」状態を通り越して、「感動的!」でさえあります。

更に、乾杯!乾杯!乾杯!乾杯!乾杯!を続けるにつれて上がりまくるテン
ションには、最初から最後まで高歌放吟を続け、会場から追い出されるまで
延々と歌い続ける嵐のコンパで有名なW大の詩吟部員ですら、たじたじっ!
となりそうな程の「オソロシサ!」すら感じてしまいます。

その、上がりっぱなしで収まることのない若いハイテンションパワーに負けて
なるものか!と、悉く、乾杯チャレンジャーを退けまくる私は、いつしか単な
る酔っぱらいの!大暴れの!役立たずの!ホーおじさんに成り下がってしま
うのであります。

「小旅行とか食事会とかといった会社の行事を喜びますよ・・・。」

確かに社員達は喜んでくれますので、専門指導員の先生の教えに素直に従って
一応正解だったか!?

とは思っています。

本当に、社員満足のためなのか・・、

実は、自己満足のためなのか・・、

少し微妙になってきていている様な気もします・・・。

(Mr.ホー)

(第26話) 結局、トゥンくんはリタイア!?

メルマガ第48号で、トゥンくんから「会社を辞めたい」という連絡があったことをお伝えいたしました。

7月の出張時に、直接、彼と話し合ったところ彼の言い分としては、
 
1.リーダーという立場はとてもストレスがたまる。
2.それで、自分は病気になってしまった。
3.病気を治すために8月に入院し、手術しなければならない。
4.自分は、日本側の担当者から信用されていない。
5.信用してくれない人と仕事を続けることはできない。
  したがって、自分は会社を辞めたい。
 
ということを訴えてきました。
 
そこで私はトゥンくんに、

1.病気治療中はリーダー候補生のテムくんに任せて、安心して治療に専念するように。
2.トゥン君入院中は、もう一人のリーダーのユンさんと日本側でテン君を
  フォローしながら仕事を進めておくこと。
3.職場復帰後は、現在リーダーが担当している業務の一部をサブリーダー
  に移管してリーダーの負担を軽減していくこと。
4.トゥンくん復帰までには、現在の日本側の担当者を変えるから新たな気
  持ちで信頼回復に努めること。

そして、これまでに、一般社員の給与は物価上昇や実績に合わせて昇給をしてきましたが、
リーダーの給与に関しては、今後経営して行かねばならない立場にある社員ですから、
たてまえとしては、「自分たちの昇給は実績で勝ち取りなさい!
従って、黒字化するまではリーダーの昇給はお預けだよ!」といって昇給は見合わせていました。
しかし、会社設立から丸一年が経過する9月を目処にリーダーの給与を見直すことにしていましたので、
 
5.9月分からリーダーの給与見直し(昇給)を行うこと。
も、付け加えておきました。
 
トゥン君は、私が示した問題の解決策を聞きながら、
そのひとつひとつに納得した様子で首を振りながら頷いていましたが、
最後の給与見直しの話を出した時には、すっと顔を上げて大きく頷くのでした。
 
「なんだかんだいっても、やっぱりカネなのか!?」
 
という気もしましたが・・、
 
私の反省としては・・、
 
リーダーといっても、これまで、家庭でも、学校でも、いままでの職場でも
「生産性」とか「効率」とか「改善」などといった教育は一切受けたことがないわけですし、
日本語を少し勉強していたというだけで三ヶ月未満の日本研修だけで
いきなりリーダーとして品質管理、工程管理、納期管理、
そして社員の勤怠管理やマネジメントまでを求められるのは確かに酷な話だとは思います。

しかし、同じ立場であるもう一人の女性リーダーのユンは、
日本側担当者の信頼も厚く、一般社員からも、「ユンさんはとても厳しいんです・・。」
という声があがるほど、リーダーとしてしっかり機能してくれています。
また、出張の度に私が新たに指示していく案件も、次の出張時にチェックを入れると、
ほぼ完璧に指示通りにできているので
トゥンくんにもユンと同じようにリーダーとして頑張って欲しい期待してきたのです。

日本側からは・・、

トゥンくんは、
1.連絡しても、返事が遅い。或いは、来ない。
2.すぐに、「今日は、これ以上出来ない!」と音を上げる。
3.都合が悪くなるとスカイプをオフにする。などという苦情が上がっていました。

「ベトナム人は・・」などとひとくくりにして批評は出来ません。

やはり、どこの国であっても個人差はありますし。
 
やるヤツはやるし、やらないヤツはやらない。
 
また、「適性」の差というものもあります。

できるヤツはできるし、できないヤツはやっぱりできない。

しかしながら、ダナンにおいては、日本語を操れる人材が圧倒的に不足しており、
その限られた人材の中からリーダーの適性を備えた人材にめぐり合うことは難しくまた、
その人材が自分の担当業務に喜びを感じて愛社精神を持っていつまでも頑張ってくれるか!?
となるとこれまた甚だ難しい話となります。
 
自分自身が現地に張り付いて毎日、毎日、社員に語りかけ、楽しく、厳しく、
情熱的に指導していければいいのですが、それができない場合は・・、

「難中之難、無過之難」
 
(これは、困難であること甚だしく、これに過ぎたる困難は無い)
 
といったことになります。

先日、岐阜県産業経済振興センターのセミナーにおいて、
『ベトナム・ダナンに日本人駐在員なしでDTP事業に挑戦!』
というテーマでレクチャーをさせていただきましたが、
「日本人駐在員なしで・・挑戦!」し、うまくやるということは、やはり、
難中の難であるという気がしています。

私は、今、揺れています・・・。
 
このまま、走り続けるか・・。
 
ここで、宗旨替えして・・、日本人駐在を入れて歩き始めるべきか・・・。

或いは、短期の日本人駐在を入れて様子を見るか・・・。
 
前回の出張で、最後には、「すっと顔を上げて大きく頷いた。」トゥンくんですが、
私の経験から、一度、辞める辞めないという話が出た社員からは、
また必ず、辞める辞めないという話が出るものですし、
たとえ、今回は残留することになったとしても、最後は、結局、
辞めていくものだということを知っていますから、
たとえトゥンくんが残ったとしても早ければ数ヶ月後にはまた・・、
「辞める辞めない」が出てくることは容易に予想できることです。

そこで、「難中之難」であっても、今のうちに「無過之難」の出会いを求めて手を打っておく必要があります。

そんなことを考えつつ帰国すると・・、

トゥンくんから一通のメールが届きました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
社長、こんばんは

私はトウンともうします。

来週の中に会社をやめるつもりです。

テムも一人で仕事をするできますから。

テムさんは仕事をするとき、わからなかったら、私が手伝います。

トウンです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ちょ、ちょっと、待てよ! 少なくとも2ヶ月位は待っててくれよな!」

(Mr.ホー)

(第25話)ダナンの日経企業・・・!

ダナンの日系企業の数は、ホーチミン、ハノイに比べるとまだまだ少なく、
大手の有名どころとしては、マブチモーターさん、ダイワ精工さん、エース
コックさん・・・、と名前を挙げてしまうと、あとは・・・、
 
「ダイクJV・・・?」
「アイエコ・・・??」
「ダイロク・・・???」
 
「何それ!?」
「どこの何やってる会社!?」みたいな、
 
あまり馴染みのない中小企業や吹けば飛ぶような零細企業の現地法人だらけ
になってしまいます。
 
 
以前、ダナン市政府の外郭団体で、投資開発の許可を出す「DIEPZA」へ表敬
訪問をした際、
 
ワタシハ、ガイシニタイスル、トウシノ、キョニンカケンゲンヲモツ、トテモ
エライヒトナノデアル!という雰囲気を目一杯顕わにしたドン所長は、
 
「ようこそ、ようこそ、フオッ フオッ フオッ!」
 
「ダナン市は、世界一美しいと言われる海を持つ風光明媚な町で・・、
 (ホントかぃ!)
 現在、どんどんどんどん!観光・リゾート開発が進められています。」
 
「フオッ フオッ フオーッ!」
 
「アメリカ、韓国資本を中心に大型の開発案件が目白押しなのです。」
 
「フオッ フオッ フオッ フオーッ!」
 
「ところで、Mr.ホー・・。」 
 
「あなたの投資規模は、 いかほどですか・・?」
 
 
 「資本金は50,000US$で、 MAX50名程度の雇用を計画しています。」
 
と答えると・・、
 
 
「ふん!」と、
 
鼻でせせら笑われた(ような気がしました)!
 
「ちまい投資案件で悪かったね縲怐I」
 
 
 
一般に、
 
台湾や韓国系企業は何事も出足が速く、パッ!と進出を決めると、ダダッ!
ガサゴソッ!と稼ぎ、調子が悪いと見れば、ササッ!といなくなり、既に、
次の展開に移っている。
 
日系は、石橋を割れんばかりに叩きまくって、慎重に慎重に、検討に検討を
重ね、台湾、韓国系が退散したあとでもまだ石を叩いている。
 
そんなイメージです。
 
 
でも、それでいいのかもしれません・・。
 
総じて、台湾系、韓国系企業に対するベトナム人の評判はあまり良くないよう
ですから、さんざん嫌な目や辛い目にあった後で、白馬に乗って遅れてやって
きた「キチン!と、真面目!で、人に優しい日系企業!!」の文化に接すると
日系企業の、或いは、日本人の良さをしみじみ味わえる・・。
 
そして、ベトナム人は皆、親日的になってゆく・・。
 
かどうかは、わかりませんが・・・。
 
 
少なくとも、人口70万のダナンに、何千人規模の日系企業がダンダンダン!
と乱立するようですと、すぐに売り手市場となり、あっと言う間に雇用環境が
シビアになって、給料をバンバンバン!と増額していかなければ人が確保で
きないというハメに陥ってしまいますから・・・。
 
日系は・・、ぼちぼちでいいと思ってます。
 
 
のどかだったダイク村の社員食堂が、近ごろ、やたら賑やかになっています。
 
その原因は・・、
 
最近、ダイクの兄弟会社であるIECO(アイエコ)さんが入居され、お揃いの
オレンジ色のポロシャツを着たIECO(アイエコ)スタッフが目立つようになっ
てきたこと。
 
また、米沢電線さんのダナン工場が入居され、目新しい日本人駐在が10名程
度来ておられるため賑わってきたこと。
 
LesGantsさんの第二工場が立ち上がり、それに伴い社員数も増えたこと。
 
そして、社員食堂にラーメンやフォーやサンドウィッチなどの軽食メニューが
増えたため、今までは我々日本人スモーカー軍団の縄張りであった灰皿付き
のカフェスペースに大量のローカル社員たちが押し寄せてきて、村長をはじめ
TKRさんやLesGantsさんやIECOさんや私を含めた日本人スモーカー軍団の居場
所を占領してしまうようになったことがあげられます。
 
 
我々の縄張りは、屋外に面した屋根付きのスペースであるため風の通りも程
良く、村長さんの育てた観葉植物やヘチマの葉などに囲まれた緑化スペース
になっているため、ダイク村のちょっとした癒しの空間になっているのです。
 
 
とはいっても・・、相当、暑いです・・・・。
 
 
緑化スペースの延長には様々な、木や花の植裁エリアが広がっているのですが
その、植裁エリアは徐々に家庭菜園化しつつあります。
 
明らかにダイク村長さんの権限で、ナス畑エリアが広がっているのです
 
そこで私も、ダイク村植裁エリアの家庭菜園化計画に一役買おうということで
今回は、日本ナス好きのダイク村長さんへのおみやげとして、日本ナスの種
と大玉スイカの種、そして、枝豆の種を買ってきました。
 
 
先日、ダイク村ナス畑でとれたひょろひょろのナスを使ってTKRのU社長が
ナスの一夜漬けに挑戦しましたが、その成果の毒味をした村長は・・・、
 
 
「かてぇな縲怐I」
 
「皮が固いから塩が浸みないんだね縲怐B」
 
「やっぱり、日本のナスじゃないと一夜漬けはだめか縲怐B」
 
三ヶ月後の日本ナスの成長が、楽しみなところです。
 
 
先日、癒しの縄張り内での情報交換での話・・・。
 
 
「フォスター電機のダナン進出が決まったようですね!」
 
「工場はホアカム(ダナン市南部の工業団地)だそうですよ。」
 
 「フォスター電機ってヘッドフォンを作ってる会社ですよね・・。」
 
 
「あと、どうやらコニカミノルタが、ダナン市政府関係者と食事をしていた
 らしいから、コニカミノルタもほぼダナンで決まりみたいですよ。」
 
 「コニカミノルタは、何を作るんでしょうね?」
 
「おそらく・・。 安物のコピー機かプリンターか・・・?」
 
「といったところじゃないですか?」
 
 
確かに・・。
 
弊社で、今、導入を検討しているオンデマンド印刷機なんかは
ここではまず、絶対!作らないでしょうねぇ。
 
(Mr.ホー)

 

 

 

 

 

(第24話) 社員の病気・・・!

先日、ダナン在住の知人から次のようなメールをいただきました。

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

それにしても、多いですよね。

 

「病気になって→ホーチミン」
 
弊社も以前は、結構ありました。
 
弊社の場合、男性であれば大抵は、就職活動休暇だったと想像しています。
(その後、見事に辞めていった・・)
 
しかし、本当に親族の事故などでホーチミンに行く場合もありますので、
見極めは難しいです。
 
笑い話ですが、今迄で最悪のケースは、給料日の翌日に、
 
 病気を治す必要があるため、
 退社して、ホーチミンに旅に出ます。(ベトナム語で)
 
と、ふざけた「置き手紙」を残して、そのまま消えた社員がいました。
 
ホーチミンに旅したら、おまえの病気は直るのか・・・。
しかし大抵、後から「あぁ、彼は●●に就職しました」等の噂を聞きます。
 
弊社の飲み会には、辞めた社員がよく顔を出すのですが、
日本語研修終了後に即辞表など、決して褒められた辞め方ではないのに・・、
と日本人の感覚からは、少し複雑です。
辞めた理由が全て「金・金・金」ですので、
それだけ雰囲気自体は良かったからか・・と
プラス思考で見ていますが。
 
先日はその旅の男も飲みに来て、唖然としました。(笑)
 
そして、辞めていく社員は、せめて
備品の電卓(特大)、返せ・・。(今は、持ち出し禁止)
 
長くなってしまい、すいません。
 
ありがとうございました。
 
Mr.ホーさんも、良い一日を。
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
それに対し・・、
 
 Mr.T様
 
> 貴重なご経験談をありがとうございます!
>
>
> 「病気→ホーチミンは、必殺パターンである!」
>
> と心得て、今後注意深く気をつけてまいりたいと思います。
>
>
> 先週の土曜日に撮影した
>
> 弊社社員とのよっぱらい写真を添付しておきます。
>
> Tさんがご存じの前科者はおりませんでしょうか・・・?
 
 
私からは上記のような返信をしたところ・・。
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
Mr.ホー様
 
おはようございます。
 
「病気」は見極め難しいですよね。
普段の行いを見つつ、信頼関係を築いていくしか。
 
ホーチミン治療の旅防止の良い見極めアイデアを
思いついたら、是非教えてください。
 
ちなみに金持ち以外は大抵はダナン病院で
まず検査すると思います。
 
ほんまの金持ちは
「検査→ホーチミン 治療→シンガポール」
となるようです。
 
写真、みなさん活発そうで、
是非、噂のVIPレベルの女子社員さんに会いたいです。
 
ありがとうございます。
Mr.ホーさんも、良い一日を。
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
「そ縲怩ゥ縲怐Iベトナム人の『病気!』は特に要注意なんだな!」
 
と、思っていたところへ・・、
 
次のようなメールが飛び込んで来ました!
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
 「社長。
 おげんきでいらっしゃいますか。
 ベトナム会社の仕事は私は本当にだるいになります。
 最近の毎日、毎日の仕事がどんどんくるので、ストレスみたいになって。
   
 仕事のストレスのせいで、私の病気はだんだんわるくなってきます。
 
 ベトナム会社はとらぶるがあることを知っていますけど、
 病気でせっしゃはできません。
 会社が発展するように私は社長といっしょに、
 いろいろなことをうちあわせをしたいですが
 
 私の予定は私の病気を手術します。
 だから、7月中に仕事をやめたいです。
 手術してから、私の健康はよかったら、会社に戻って、短い時間、
 会社をてつだうつもりです。
 そして、私の健康がわるければ、もどられません。
 
 社長にたいして もうしわけございませんが。
 
 ド タン トウン 」
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
私はいままでベトナムについて語る時、色々な人に幾度となく言われました。
 
「ベトナム人は勤勉でしょう・・?」
 
 「どこが!?」
 
 「え縲怐I! どこが!!?」
 
 「こいつらの どこが、勤勉なんじゃ!?」
 
 
 「女性はともかく、男はダメ!!」
 
 「いかに、サボルか!」
 
 「いかに、楽して実入りの良い仕事にありつくかということしか
  考えてないですね縲怐I」
 
などと、お答えしています。
 
ダイク村村長曰く・・。
 
「この国の連中はね・・、何もわかっちゃいないんです!」
 
「根気よく、怒鳴り散らして、教えていくしかないんですよ!」
 
そして、以前、ベトナムスズキの社長も言っておられました。
 
「私は、ベトナム人は『勤勉、まじめ、手先が器用』だと聞いていました。
 確かに手先は器用ですが、
 私は『勤勉、まじめ』という評価には賛成しかねますね。
 女性はまじめですが、オトコはダメです!オトコは!
 サボルわ!すぐに部品は無くなるわ!(盗んでいく)
 彼らは実にしたたかです。
 
 ベトナム人を日本に連れてきて研修させるでしょう。
 研修を終えてベトナムに帰国するでしょう。
 するとすぐに辞めちゃうんですよ!
 もちろん、転職しないよう手かせ足かせはつけますけどね。
 イタチごっこですわ!
 日本帰りの研修生は高く売れるんです。
 彼らの帰国後の給与水準をどうするか、
 いかに定着させるかが悩ましいところです。」
 
また、ダイワ精工さんでも次のような話を聞きました。
 
「ベトナム人ワーカー評としては、
 タイ人よりはいいですが、中国人との比較となるとどうでしょう。
 一長一短がありますが、敢えて言えば『同じくらい』といえましょうか。
 やる人はやるしサボル人はサボルといった感じですね。」
 
「但し、ベトナム人は残業は全くやりたがらないし、
 皆、定時であがっちゃうんです。
 ベトナム人にとっては、
 家族、親戚がプライオリティのNo.1ということなんでしょう。」
 
今回、私にメールを送ってきたトゥン君は、Vietnam Dairoku創業時からの
リーダーで、このまま順調に行けばローカル社員初のVietnam Dairoku初代
ローカル社員社長になるはずの人材です。
 
とりあえず、Vietnam Dairokuの人員ではこなせないだけの仕事量は確保して
あるわけですし、日本人駐在に経費がかかるというわけでもないので、生産
効率を上げて、採算ベースに乗っかれば利益はそのまま、自分達の昇給の原資
となるわけです。
 
こんなおいしい話は無いでしょうに・・。 
 
ダイク村村長曰く・・。
 
「この国の連中はね・・、何もわかっちゃいないんです!」
 
私は、トゥン君に次のようなメールを送りました。
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
トゥンくんへ
 
御苦労様です。
 
メッセージを見ました。
 
仕事というものは、厳しくて苦しいものです。
日々の苦しさに負けないで頑張る人が成功するものです。
 
苦しいことがたくさんある中で、少しでもうれしいことがあると、
その時の喜びはとても大きなものとなり、
また、苦しさに立ち向かう気力が生まれてくるのです。
 
そして、その苦しさを乗り越えた人が、
強い精神力をもったビジネスマンとして成功できるのです。
 
 
トゥンくんは、ストレスや病気に負けずに頑張れば、
ベトナム大六を全てコントロールできる立場になるチャンスがあるのです。
自分の給料は自分で決めることが出来るのです。
 
希望を持って、仕事に負けずに頑張ってください。
 
 
7月10日にダナンへ入ります。
 
ゆっくりお話をしましょう。
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
ベトナムへ出入りするようになってから、
私も少しは、精神的にタフなビジネスマンになれたような気がしています。

(Mr.ホー)

 

 

 

 

(第23話) ダナンのリゾート

 
ダナンでは、韓国系資本などが中心になってリゾートホテルやゴルフ場などの
開発が急ピッチで進められています。
 
ダナン市からホイアンに至るBien Dong(東の海)のビーチ沿いにはリゾート
ホテルの開発計画が目白押し。
 
更に、ダナン市周辺には4カ所のゴルフ場開発が計画されています。
 
驚いたことに、4カ所出来るというゴルフ場のうち、あるゴルフ場の会員権が
約200万円で販売されているという情報が入り、
 
「こんなところの会員権、誰が買うんだ!?」
 
などと噂していたところ・・・、
 
発売されるないなや即、完売!という情報が入るにつけ、
 
 
「完全に、バブってるね!」
 
「どうせ、オープンしても誰も行かないだろうし・・。」
 
「暴落して50万円とか70万とかだったら買ってやっても良いか・・?」
 
などと、会員権を買えないダイク村の住人達の間での冷ややかな話題となって
いました。
 
 
確かに、ダナン市は海あり川あり山ありの風光明媚なロケーションであり、
世界遺産のホイアン、フエやミーソン遺跡にも近いという点、更に、
ベトナム中部独得のおっとりとした気質や海沿いののんびりゆったりとした
空気感などから、滞在型のリゾート拠点として発展する可能性は充分にあると
思われます。
 
しかし、まだまだ一般的ベトナム人の所得はゴルフを楽しむといった水準には
達していないため、ターゲットは明らかに外資やベトナムバブルに浮かれた
投資目的のローカル成金です。
 
ダナンのリゾート開発の蔭には、ひたすら甘い言葉で外資に対して募集かけ、
しこたま外資を呼び込んだあとは、あれダメこれダメの許認可利権でたっぷり
甘い汁を吸いつくし、ふたを開けたら浮かれたバブルは吹っとんで、会員権が
大暴落しようが大赤字になろうがホテルがしっぽを巻いて逃げ出そうがあとは
知ったこっちゃ無いし、「とりあえず自分達が儲かればよい!」という社会主
義国的ダナン市政府役人のニタニタ顔が建設中看板の裏に透けて見えるよう
に思えてなりません。
 
 
私はといえば・・、
 
「お値打ち感!」が途上国での楽しみのベースであると思っていますので、
ホテルにしてもゴルフ場にしても、おそらく・・・、
二流縲恷O流の設備とサービスで、値段だけは1.5流プライスを要求してくる
であろうことは目に見えていますから・・、
 
ハナからダナンのリゾート開発には興味が無く・・・、
 
ダイク村住民と同様に冷ややかな反応を示してきました。
 
 
 
先般の出張は、土日を挟んだ出張だったため、土曜の夜は社員全員でベト飯屋
にて食事会、日曜はリーダーのユンをはじめとする6名の社員と共に、
 
「海へ行きましょう!」
 
という提案を受け、ダナンの東の海から突きだしたBan Dao Son Tra半島にあ
るBien Dong Resortというビーチリゾートへ7人乗りタクシーでギュウギュウ
詰めドライビン、グー!ということになりました。
 
 
そのBien Dong Resortは、ダナンの東の海側に開発中のビーチリゾートとは
反対側にあたり、ほとんど開発の手が入っていない、
 
いわゆる、
 
「誰も来ない海・・・。」であります。
 
とは言っても、南国のビーチリゾートと言う際にイメージされるような椰子の
葉などで葺いた屋根のコテージ風の建物が点在するも、ゴミ一つ落ちていない
ような未開発の穴場ビーチであります。
 
 
浜辺にあるレストランでは、水槽に泳ぐ活きのいい食材を勝手に選んで好きな
料理に調理してくれます。
 
 「まずは!この活きのいい魚!
  これって、もしかして鯛!?
  そして、これらのでっかいエビ!
  これまたこのでっかいイカ!」
 
 「これ!人数分ね!」
 
 「イカは、焼きイカでね!
  あとの調理の仕方は任せるわ!」
 
それと、
 「冷たいビールね!」
 「これから冷やすやつじゃなく、冷たいビールね!」
 「絶対に! 既に、冷たいビールだよ!!」
 
と、しっかり念を押してオーダーすると、私は・・、
キャッキャ!キャッキャ!と盛り上がっている社員達の輪をそっと離れ・・、
 
ひたすら海を眺めてました。
 
 
沖合には・・、
 
お椀型の小舟(いわゆる一寸法師)が一艘・・・。
 
更に、遠く・・、遠く・・・、
 
ホイアンの沖合あたりに、島が浮かんでいるのが見えます・・。
 
 
右へ視線を移すと・・・、
 
とお縲怩ュに五行山とダナンの街が霞んで見えます・・。
 
 
晴天に恵まれたこともあって、
 
青い海と白い波・・・。
 
そして、いつまでも、白い波・・・。
 
空と海との霞んだ水平線からは、地球の丸さを感じることが出来ます。
 
 
打ち寄せる波をひたすら眺めていると・・・、
 
何時間でもここでこのまま過ごせそうな気がしてきます。
 
 
 「ここは・・、確かにリゾートだよな・・・。」
 
 
 「さわさわとした、海風が心地いいし・・・。」
 
 「時が、ゆっくり・・ ゆっくり・・ と流れていく・・・。」
 
 「癒されるってのは、こういうこと・・・。」
 
 
 「何もないってのは、最高の贅沢なのかもしれない・・・。」
 
 
 「ここで半日くらい、ぼ縲怩チとしてると・・・。」
 
 「血圧の薬、要らなくなるかも・・・。」
 
 
 
『Bien Dong Resort』という入口の看板を見かけたときは、
 
 「何もないじゃないか!こんなところのどこがリゾートなんだ!」
 
などと思ったりしましたが、
 
 
決してホテルやプールやゴルフ場などというハードがリゾートの条件なのでは
なく・・・、
 
そこを訪れる人を迎えるシチュエーションそのものがその人にとって芯から
癒されるものであるとすればそこは立派なハードなどが無いとしても・・、
自然がそのままで最高のリゾートなのだ!
 
などと、変に納得してしまったわけです。
 
 
「何もないから気に入っている・・。」
 
 
そんなところへは、極力、拝金主義的資本の論理の構築物なぞ持ち込んで欲し
くない!
 
などという思いが沸き起こってくるのです。
 
(Mr.ホー)
 

 

(第22話)駐在員の嘆き・・・!

ウチの会社は韓国系のような会社になってしまっています!
と、某社(敢えて・・)駐在員のIさんは、嘆きます。 

 

 

私は出張最後の夜、某社現地駐在員のIさんを誘って、日本料理レストラン
「たかし」へ行きました。
 
ダナンの日本料理レストランは、一年前には3件しかありませんでしたが
一時は7件まで増えていました。
 
しかし、最近、「胡蝶」と「太郎」の2店が閉店したということで現在は
「たかし」を含めて5件となっています。
 
この夜は、某社のIさんと更に某社のTさんと私の3人で・・、
ダイク村村長のために!と日本から持ってきて「たかし」にキープしていた
芋焼酎「霧島」を片手に、「大お嘆き大会」を始めました。
 
たかし」は、お酒持ち込みOK!で、しかも、持ち込んだ酒でもいつまでも
キープして置いてくれるというちょっとありえないシステムになっています。
 
香港では、折角ボトルキープをしておいても2ヶ月経過すると、店が勝手に
流してしまうため、香港へはせいぜい年に2縲怩R回しか行けない私にとって、
どんなに高価でどんなに大切なボトルであっても、次の出張時には、間違い
なく抹殺!二度と面会することはできないという悲しい運命にあるのです。
 
Iさんは、ダナンに来てまだ2年ちょっとですが、流暢にベトナム語をぺらぺ
らと操りながらベトナム人店員を上手にからかうのが得意な青年です。
 
Tさんは、ダナンに来て3年ということですがベトナム在住は長く、ハノイに
ベトナム人の奥さんと子供を残して単身赴任をしておられます。
 
この日のIさんは、珍しく、ひたすら嘆きます・・。
 
「今、ウチのダナン工場では製造原価が150円かかってるんです。」
「でも、本社では90円で作れ!と言うんです。」
 
「それは、ご無体な縲怐Iそりゃ、ムリです縲怐I!などとどれほど訴えても、
 
 本社からは、『能率上げろ!』の一点張りだし・・。
 
 出張で来る社員は皆技術屋さんばかりだから生産管理はわからないし・・。
 
 40,000ロットのキャパなのに平気で60,000ロットを詰め込んでくるし・・。
 
 どうすりゃいいんでしょう・・。」
 
更に、この日のIさんは、ひたすら嘆きます・・。
 
「ウチのダナン工場は完璧にアカです。 構造的なアカです!
 
 改善の兆しも光も何も見いだせない状況なんです。
 
 本社は、仕入れが安い!ということでいいんでしょうけれど、
 本社会議へ出席すると、完全に私は針のむしろですよ!
 
 『お前は、何をやってんだ!いつまでアカを出し続けるんだ!』
 
 『もっと効率上げて、とにかく90円で採算が乗るようにしろ!!』
 
 『工場の家賃を下げてもらえ!! それは、お前の役目じゃ!!』
 
 などとサンドバック状態です・・・。」
 
「ウチの本社の社長は、全くここへは来ないんです。
 
 現場がわからないから、言うことはもう、むちゃくちゃですよ!」
 
「本社では役員クラスのある上司は、事情がわかっているんで、
 
 ここのことは理解してくれてるんですが、
 
 だって、本社では、社長が天皇陛下ですもん!
 
 社長が、右!といえば誰も逆らえませんもん!」
 
「もっと、ロットをこなせればある程度の生産コストは下がるんでしょうけれ
 
 ど、人を増やそうとすると、ダナンでは物価高で、今のウチの賃金では人が
 
 集まらなくなってるんですよ。
 
 かといって、これ以上賃金を上げるのは難しいですし・・。」
 
「ウチの現場のリーダーたちは、結構色々な提案をしてくれるんです。
 でも、本社では現場の提案に対して聞く耳は持ちません。
 
 本社からは、とにかく『言われたとおりにやれ!』です!
 
 その意味で、ウチは韓国系か!と思ってしまうんです。」
 
いつもは明るいIさんですが、今日は、大お嘆き大会です。
 
 
すでに、「霧島」の威力によってほどよく酔っ払っていた私は、
 
「ふん、ふん、ふん、ほ縲怐I」などと受け答えをしながらも
 
残念ながらIさんに対して有効なお悩み解決法を提供することができず・・、
 
ムーディ勝山の如く、右から左へと縲怐スだただ聞き流す縲怐ヤでした。
 
しかしながら生真面目な柔道家のTさんは、
私が「霧島」を一杯空けるうちに二杯は空けるハイペースでグラスを傾けなが
らも、Iさんのお悩みに対して、
 
「二十いくつあるという製造工程の中でボトルネックになってるところが
 
 必ずあるでしょう。
 
 そのボトルネックの部分へ人材を配置しなおせば効率が改善するんじゃない
 
 ですか?」
 
などと、まじめにIさんのお悩み解決策を提案しようとしておられました。
 
「Mr.ホーさん!知ってました!?
 
 マクドナルドの玩具をつくっている台湾系のあの会社!
 
 『給料150万VND!』といってでかでかと看板出していましたよね!」
 
「あれ、何か裏がありそうじゃないですか。 絶対!何かありますよねえ。」
 
 「そういえば・・、
  ウチのアカウンターの妹が先月からウチに来て居るんですよ。
  その子は、例のマクドナルドの台湾系の玩具の会社に居たっていうんで
  すよね。
  ホントに待遇がよけりゃウチになんか来ないでしょうから、
  裏では、色々問題があるんじゃないですか・・。
 
  今度その子に『玩具屋はどうだった?』って聞いてみましょうか・・。」
 
「でも、『給料150万VND!』は、強烈ですよ縲怐B
 うちなんかやっとこさ100万VNDですもんね縲怐B」
 
この夜、延々と大お嘆き大会は続きました。
 
東南アジアの現地駐在員という立場。
 
外からの視線では、
「本社の給料水準のまま現地の物価で生活できていいよな縲怐B」
などという羨望のまなざしを受けたりしがちですが・・、
 
実は、現場でしか理解することができない、本社に訴えても理解されにくい
様々なイライラの大群の中であってもしっかり結果を求められるツライ立場
です。
 
私が、ダナンで知り合った現地駐在の方は、皆、個性的な人ばかりです。
 
やたら攻撃的な人・・。
 
開き直った対応の人・・。
 
唯我独尊の人・・。
 
すべてを達観した人・・。
 
そして、体をこわして帰国してしまう人・・。
 
個性的、かつ、精神的にも肉体的にも相当タフでないとやってられないということなのでしょう。
  
(Mr.ホー)

(第21話) 社会保険の会社

一昨日からすっかり夏のダナンです。

今朝ほど、トゥン君が、
「ダイロクは、給料が安いので社会保険に入れません!」
と言ってきました。 

 

「何!どういうこと!?」
 
「ダイロクの基本給は800,000VNDです。」
「社会保険の会社からダイロクの給料800,000VNDは、最低賃金なのでダイロク
 の社員は入れません。
 1,000,000VND以上の給料じゃないと社会保険には入ることはできないと言わ
 れました。」
 
「そんなことはないだろ!」
 
「確かに基本給は、800,000VNDだけど実際は成果給手当や通勤手当、
 それに食事手当で最低でも1,200,000VND以上は払っているんだぜ。」
 
「でも・・、基本給は800,000VNDですから、ダメだと言われました。」
 
「そうか、手当の分は申告しないから見た目は確かに800,000VND だよな。」
 
「しかし、Vietnam Dairokuの給料はダイク村でも高いほうだぜ。
 ダイク村ではみんな社会保険に入っている筈だよ。」
 
 
「大体!社会保険の会社って何だよ!」
 
「民間企業が社会保険を扱ってんのかよ!」
 
「社会保険って国の制度じゃないの?
 もっとも、日本なんかは長年、国に任せていて結局おかしなことになっち
 ゃったんだけど・・。」
 
 
「じゃあ、ここら辺のローカル企業なんかほとんど最低賃金法なんか守って
 ないだろ!
 ということは、給料が安いから社会保険へ入れないんだったら、ずーっと
 ローカル企業で働いていたそこいらのじいちゃんばあちゃんはみんな医療
 保険も年金もなしってことか!?」
 
「それは、絶対おかしいよ!」
 
「わかった!一度ダイク村長に聞いてみる!」
  
その後、アカウンターのアンさんとトゥン君とともに村長の車でダナン市内の
銀行へ送ってもらう車中、ダイク村村長に尋ねてみました。
 
「村長さん・・。」
「社会保険は1,000,000VND以上の給料をもらってないと入れないって本当で
 すか?」
 
「えっ!そんなこと誰が言いました!?」
  
「トゥン!社会保険会社からそう言われたんだろ?」
 
「はい!」
「社会保険の会社がダイロクの給料は安いから社会保険には入れないと言って
 いました。」
 
「そんなこと!無いですよ!」
 
「現にウチの掃除のおばさんなんかは何もかもで800,000VNDです!
 ちゃんと社会保険には入ってますよ!」 
 
「それは、社会保険事務所の担当者がおかしいんです。」
 
「そんなことベトナムの法律では一言も言っていません!
 日系の会社は100%社会保険には加入してますよ。
 だけど、ベトナムの会社の60%は社会保険には入ってません。
 外資企業にたくさん払わせたいのか、手続きが面倒くさいのか・・、
 この国の政府系の人間は平気でシャアシャアと嘘をつくんです。
 そんなのにだまされてはいけませんよ!」
 
「何度でもトライしなければ駄目です!」
 
「どうしてもダメだ!と言うようだったら、
『1,000,000VND以上の給料じゃないと社会保険に入れないということを担当者
 のサインをした正式な書面で言ってくれ!』
 と言ってやればいいんです。」
 
「この国はね・・、そんな話ばっかりです。」 
 
「この間もね・・、
 ベトナムの役所が外資に対して『ベトナム人社員に対して毎年どのような
 基準で給料を5%以上ベースアップするのかを報告しろ!』と言ってきまし
 た。」
 
「確かに、この国の法律では毎年5%ベースアップすることということになっ
 ているんですけどね。」
 
「日系企業は、『ハイハイ・・。』といいながら鼻でせせら笑ってますよ。」
 
「民間企業は業績によって昇給出来るときもあれば出来ないときもある。
 そういう感覚は全くないんですよね。」
 
「それに、この国は・・、やたらあれダメ、これダメが多いんです。」
 
「そのわりには、ダメ!ということになっていることを堂々とやっている輩が
 いるんです。」
 
「規制と裏金は表裏一体といったところでしょうか。」
 
雨は空から降ってくる・・。
 
カネは外資から降ってくる・・・。
 
黒い猫も、役人によっては、白い猫・・。
 
役人は、一度やったら止められない・・。
 
許認可は、お金を生み出すおいしい仕事・・。
 
金さえ払えばなんでもあり・・。
 
払わないやつはビシビシ取り締まれ・・。
 
私もようやく、社会主義国家のこのノリにも少し慣れてまいりましたよ。
 
(Mr.ホー)

 

(第20話) 最低賃金・・・!

日本では、「最低賃金!」とかいっても普段は、それが一体いくらなのか、
また、いつ、どのようなペースで変更が加えられているのかなどあまり意識
することなく経済活動を営んでいます。 
 

一時期、民主党が地域ごとの事情を考慮することなく、
「最低賃金を一律1,000円に!」
などと無茶なことをのたまわっていた時に、
「そう言えば、最低賃金という概念があったなあ・・。」
と気づく程度の認識です。 
 
ベトナム政府は、毎年毎年、最低賃金の引き上げを実施する意向です。
 
ベトナムニュースによりますと・・、
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
グエン・ティ・ハン労働傷病兵社会相は、国内企業の最低賃金を現在より20%
引き上げ、月額54万ドン(約4000円)とすることなどを定めた2008-2012年度
の最低賃金改定案の内容を発表した。
準備が整い次第、近く政府に提出する予定。
 
ハン大臣は最低賃金に関し、遅くとも2012年までに国内および外資系企業の
統一基準を設けるため、引き続き段階的に引き上げを実施するとしている。
そのため最低賃金は、2009年には月額64万8000ドン(約4800円)に、2010年
には77万7600ドン(約5800円)に順次改正される。
なお施行日は、毎年1月1日からとなる。
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
ハン大臣によりますと、最低賃金は3つの区域別に設定されており、
 
ベトナム企業は、
第1種区域が、62万VND(約4400円)、
第2種区域が、58万VND(約4100円)
第3種区域が、54万VND(約3900円)
としています。
 
また外資系企業については、
第1種区域が、100万VND(約7100円)、
第2種区域が、90万VND(約6400円)、
第3種区域が、80万VND(約5700円)
に引き上げられるとのことです。
 
なお3つの区域は次の通り、
第1種区域(ハノイ市とホーチミン市の区部)
第2種区域(ハノイ市とホーチミン市の郡部、ハイフォン市区部、ハロン市、
     ビエンホア市、ブンタウ市、トゥザモット町・トゥアンアン郡・
     ジーアン郡・ベンカット郡・タンウエン郡)
第3種区域(その他)
 
となっておりますので、ダナンはその他の第3種区域ということになります。
 
ベトナム統一企業法によれば、ローカル企業と外資企業は法的に差別しない
ということになっていた筈ですが最低賃金においては、国内企業はいくら縲怐A
外資企業はいくら縲怩ニ、しっかりと差別をしています。
 
これも、とってもベトナムらしいところかもしれません・・・。
  
ダナンの外資企業である弊社としては、
従来の71万VND(約5100円)→80万VND(約5700円)ということになります。
 
「ふ縲怩A一人あたり600円ね!」
 
とはいっても、社会保険の会社負担分や残業代、職務手当、住宅手当、交通
費、昼食代の負担などのもろもろをトータルすると、最低賃金で雇用したと
しても、一人あたり最低でも9000円程度はかかることになります。
弊社の場合、実質的には一般ワーカーで10,000円以上になっています。
 
更に、毎年、毎年、10%縲鰀20%の賃金アップを覚悟した経営計画を!ということ
になると中期計画は見直していかなければなりません。
  
今年に入ってからベトナムのインフレは凄まじく、ブルームバーグのデータ
によれば、何と!昨対で14%縲鰀15%!!というインフレ率です。
 
先月、ダイク村のカフェテラスにダイク村の住人が集まって、
「ベトナムの銀行に定期預金をしとくと一年で利息が11%つくぞ!」
「今度、個人口座を作っておこうかな・・。」
などといって笑っていましたが・・・、
 
11%程度の利息では、一旦人質を預けたが最後、実質的には毎年、毎年、虎の
子の預金は確実に目減りしてしまう・・・。
というようなことになってしまいます!
 
もっとも、闇の両替屋で日本円にチェンジして根気よく持ち帰るなどという
ことをすることができれば年利11%の恩恵にあずかることは可能です。
(一度に持ち帰れるのは、約70万円までですが・・。)
 
ベトナムのズン首相もインフレ抑制が最大の政策課題!として金融引き締め、
財政削減、物価統制に本腰を入れると報じられているところです。
 
弊社は、市内からバイクで40分程かかるロケーションであり、更に全員がバ
イクで通勤してくるため、インフレの影響もさることながら、昨年来の原油価
格の暴騰が社員達のふところを相当痛めつけてきているようです。
 
先日も、再三にわたり、
「社長縲怐I基本給は、もっと上がらないんでしょうか!?」
「ガソリン代が高くなってみんな生活が出来ないといっています・・。」
「なんとか、交通費だけでも増額をお願いしま縲怩キ・・!」
と、泣くようなメールが入ってくるため、急遽、一律20万VNDの交通費を30万
VNDに増額することにしました。
 
昨年からVietnam Dairokuでは、次から次へと予定外の出費をだらだらと垂れ
流しているため、著しい生産性のアップを持続させる手段が必要になってき
ています。
 
肝心の社員達の働きぶりは・・・!
 
かなり・・、のんびりしています・・。
 
社長である私が出社している時であっても社員達は・・、
特に、男性社員達は・・、
 
実に!のんびりゆったりと仕事をしています!!
 
そして、定時になると(なる前に・・)さっさと帰ってしまいます。
たとえ、仕事が残っていようとも・・。
 
文字通り・・、蜘蛛の子を蹴散らすように・・・、
 
さっさと帰ってしまいます!
 
よく、「ベトナム人は勤勉でしょう・・?」と言われますが、
 
私にしてみれば、
 
「どこが!?」
 
「どこが!勤勉なんじゃ!?」
 
「この姿のどこが!勤勉なんじゃ!! エ縲怐I!!」
 
という感想です。
 
女性はともかく・・、男はダメですねえ縲怐B
 
もう少し欲を出してくれれば!という気がしています。
 
そこで!
 
先月から、Vietnam Dairoku の給与体系を一ヶ月の仕事量に応じた厳然たる
成果主義に変更いたしました。
 
最低賃金以上は確保しつつも、早く、正確に、納期通りに、大量に仕事をこ
なした社員は、一般社員であっても、その成果によってはリーダー以上の高給
取りになれる!という成果主義です。
 
高卒の君も・・、専門校卒のあなたも・・、
 
日本語が出来る人も出来ない人も・・、
 
やる気と成果次第でリーダー以上の高給取りに・・・!
 
そして、年間成績優秀者2名をあこがれの日本研修に・・・!
 
さあ縲怐I Vietnamese Dream目指してガンバレよ縲怐I!
 
という、大甘の飴だまをも用意しました。
 
先月から、この成果主義を導入したところです・・。
 
さてさて、蜘蛛の子達も、
これで少しは目の色を変えて欲を出してくれているでしょうか・・。
 
次回の出張が楽しみなところです。
 
(Mr.ホー)
 
 

 

(第19話) 新人探し・・・!

Vietnam Dairoku創業時からのメンバーで、リーダーとして頑張っていたカー
ンさんがダナンの風土病である甲状腺の病気で入院し、治療に専念するとい
うことでリタイアしてしまいました。

 

結果、日本語ができる社員がトゥン君とユンさんの二人になってしまい、
どちらかが「職場で倒れてしまった!」みたいなことになると弊社の顧客担当
の田中君が血相を変えて!
 
「社長!今日もベトナムへ仕事を廻せません!」
といって、私の部屋へ飛び込んでくる頻度が増えるどころか・・、
 
「社長!!今日から当分の間ベトナムの夜勤は使えません!!」
に、エスカレートし・・、
 
「社長!!!ベトナムも中国もかなりキャパシティオーバーです!
 当分の間、新規受注はお断りしなければなりません!!!」
 
みたいなことになりかねません。
 
 「それは、何としても困る!早急に、何とかシナクテハ!!」
 
ということで、ダイク村長に日本語のできる人材探しをお願いしていました。
 
ダイク村長は、自らがかねてより目をつけていて、
「いずれは、ダイク村関係で使おう!」
と思っていた、とっておきのカードであるリンさんという21歳の女性を、
 
「Mr.ホー!何でしたら、リンさんをあげてもいいですよ・・。」といって
我々に紹介していただけることになりました。
 
 (人身売買か?と誤解を招くような表現でしたか・・!)
 
リンさんは、福祉が専門ですが日本語も勉強中の学生です。
普通のコミュニケーションを取るにはほぼ問題ないのですが、
「読み」「書き」には不安が残るという日本語力です。
 
明朝早く日本へ発つ私は、早く話を決めておきたい!という気持ちが先走り、
 
簡単な面接をした後・・、
 
 「今日は時間ある!?」
 
 「ある!? ある!?」
 
 「じゃ!! さ、さ、さ、これから早速、会社へ行こう!!」
 
といって、彼女と彼女のところへたまたま遊びに来ていた彼女の友達もまとめ
て拉致するかの如く、一緒に車に連れ込んで会社へと連行して行きました。
 
会社では、リンさんに一通り仕事の流れとリーダーを補佐する役割の説明を
した後、ユンに実際に作業手順などの指導をさせました。
 
彼女は熱心に質問したり、実際に自分でマウスを握ってみたりしながら興味
深そうに見学をしていきました。
 
 「結構、おもしろそうでしょう!?」
 
 「じゃ、リンさん! 今日はありがとう!」
 
 「よく考えて、Dairokuへ入社するかしないかを決めて、
  結果をユンさんまで連絡をしてください!」
 
帰国すると・・、
 
しばらくしてユンから、
 
「リンさんは、水曜日から出社します!」との連絡。
 
 「そうか縲怐I よかったよかった!」
 「とりあえず、一人は確保できたね。」
 「仕事も、日本語もよく指導してやってくれよ!」
 
その翌々週・・、
 
ユンから、
 
「リンさんは、今週は会社へ来ていません・・。」
「リンさんは、もう来ないと思います・・・。」との連絡。
 
 
 「なんじゃぃ!」
 「何かあったのか!」
 「意地悪でもしたのか!?」
 
 
「・・・・・・・・。」
 
しょうがないので、
 「ユンの友達で日本語が出来る人は居ないか探してみてくれ!」
と、指示を出しました。
 
 
数日後・・・、
 
ユンの友達(後輩)で日本語学校に通うアンさんという女性が興味を示し、
水曜日に会社へ来るという報告が入りました。
 
ユンに、次のようなメールを送りました。
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
ユンさん
 
御苦労様です。
 まずは、アンさんによく仕事の内容を説明してあげてください。
 その上で、彼女がベトナム大六へ入りたいというのであれば歓迎します。
 彼女の給料は、ユンさんとトゥン君で相談して決めて下さい。
 
 アンさんは、スカイプで田中君達と日本語で話をすることはできますか?
 水曜日にスカイプでアンさんと田中君とで話をさせてみてください。
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
水曜日・・。
 
田中君が私の部屋に飛び込んできました!
 
「社長! さっき、ベトナムのアンさんと話をしました。
 日本語のコミュニケーションは全く、問題ありません!」 
 
 「そうか、そうか! よかった、よかった!」
 
 
田中君が私の部屋へ、また、飛び込んできました!
 
「社長! アンさんが、
 『田中さんに会いたいです!』
 『田中さんに会って、直接お話がしたいです!!』
 『田中さんもベトナムへ来てください!!!』と言ってます!」
 
 
 「そうか、そうか! わかった、わかった・・・!」
 
 「でも、お互いに実物を知らない方が幸せということもあるんだよ!」
 
 「でも、いつか・・、行こうな・・・・・!」
 
つい先日・・・・、
 
今度は、トゥンから次のようなメールが届きました。
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
拝啓
  社長はお元気でいらっしゃいますか。
  おばあさんとおじいさんはお元気でいらっしゃいますか。
  
  日本ダイロクのみなさまも?
 
  ベトナムダイロクはだんだん安定になっています。
  仕事でみんなは意識をもってやっています。
  仕事は毎日、毎日多くなりますがリーダーは残った二人で働いています。
  これは大丈夫です。
  一番大切なことは新しいリーダー人を採用します。
  会社に長い働く願望がいる人を採用しなければならないです。
 
  最近、私の健康があまりよくないので、会社の仕事に影響します。
  本当にすみません。
 
  せっかく病院へ診断しに行ったのに
  医者はまだ私の病気をよくわかりません。
  医者が私にホーチミンの病院へ診断しに行ってくださいと教えていました。
  でも時間はないから、いけません。
 
  私の病気をよくわかるとか、将来の会社の仕事に影響しないように 
  私はホーチミンへ診断しに行くことは早ければ早いほど行きたいです。
 
  トウンです
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
しっかし!まー!
 
あんたらはホントに、交代、交代で病気が好きですな縲怐B
 
(Mr.ホー)

 

(第18話) 新人歓迎会

15台のMacをフル稼働するために、昼夜二交代で24名のワーカーと3名の
リーダーで27名体制に!というのが私の当初の構想でした。

 

しかしながら、リタイア組の社員がいたり新人が入ったりして人員の入れ替
わりがあるため、Vietnam Dairokuの現況は、リーダー3名、サブリーダー4名
に、アカウンター2名、一般ワーカー14名の合計23名となっています。
 
その中の半数近くが私の知らない社員であるため、私がいるうちに!
ということで久しぶりに新人歓迎パーティーをすることにしました。
 
 
会場は、ダナン市内を流れるハン河畔に浮かぶ船上で南国のあたたかな川風を
浴びながらベトナム料理をいただける<HANA KIMDEN>というしゃれたレスト
ランです。
 
<HANA KIMDEN>は、以前にもご紹介したダナン在住20年になるダナン日本
人会事務局長の井上さんが経営しておられる船上レストランで、ベトナム人
にも日本人にもウケる調理法でメニューを工夫されています。 
 
 「村長さん!今日はDairokuでごちそうしますから、
  ガップと二人で来て下さい!」
 
と、いつもいつもお世話になっているダイク村村長と村長の秘書兼怒鳴られ役
のガップさんをゲストとしてお招きしました。
 
私とダイク村長、そしてガップさんが社員達より一足先にHANA KIMDENに到着
すると、すでに、日本人と思しき男性数名にきれいな女性(香港系か?)の
グループがワイワイ盛り上がっています・・。
 
ダイク村長は、顔見知りがいたようで、
「いや縲怐Iどうもどうも!」
と挨拶をしながら・・、
 
「あの団体は、D社さんと金型を作っている会社のグループですよ。」
 
「しかし、きれいな人を連れてますね縲怐I」
「ベトナム人じゃないですよね。」
 
 「あの顔立ちはベトナム人じゃないですね縲怐B」
 「あの目つきは、台湾系もしくは香港系美人じゃないですか縲怐B」
 「左側のね縲怩ソゃんはベトナム人かもしれませんね縲怐B」
 
「みんな、日本語しゃべってるようですね縲怐B」
 
 「通訳ですかね縲怐B」
 
「D社の社長も隅におけませんね縲怐B」
 
などと、私たちは早々に注文したビールを注ぎ合いつつ、その日はいつもより
特に官能的な香りがするダナンの夜風を浴びながら、しっかり「色オヤジ」
と化して目もとを潤ませていました。
 
 
しばらくすると・・・、
 
うるうるとした「色オヤジ」達のもとへ、次々とVietnam Dairokuの社員達が
到着し始めました。 
 
初顔合わせの社員達に自己紹介をしてもらった後は・・、
 
お決まりの、「モー、ハイ、バー、ヨー(乾杯)!」の嵐!
 
入社おめでとう!「モー、ハイ、バー、ヨー(乾杯)!」
 
ホー社長に!「モー、ハイ、バー、ヨー(乾杯)!」
 
ダイク社長に!「モー、ハイ、バー、ヨー(乾杯)!」
 
更に!「成績優秀者は、毎年2名!日本ツアーのご褒美じゃ!」
 
「がんばれよ! モー、ハイ、バー、ヨー(乾杯)!」
 
「がんばるぞ! モー、ハイ、バー、ヨー(乾杯)!」
 
何でもないけど、「モー、ハイ、バー、ヨー(乾杯)!」
 
ほりゃ!食え!そりゃ飲め!「モー、ハイ、バー、ヨー(乾杯)!」 
 
このところ、ダイク村の合弁相手とのすったもんだで、
 
「いい加減にしろ縲怐I」
「この寄生虫どもめ縲怐I!」
「お前なんか首じゃ縲怐I!!」
 
の連続でイライラが極まり、かなり消耗し尽くしていたダイク村村長さんも
この日は絶好調!
 
Vietnam Dairokuの若い女性社員達をつかまえて、
 
「ダイク村に、何かレクリエーション施設を作ろうかと思うんだ!」
「昼休みとかに自由に使える施設を作るとしたらどう思う!?」
「今日は、みんなに意見を聞きたい!」
「あなた達だったら何を希望しますか?」
「卓球台?バドミントン?それともテニスコート?」
 
もっとも元気のいい男子社員が威勢良く、
「テニスコート!!」とか言い出すと、
 
「野郎には聞いてないんだよ!」
「大体、ダイク村の住人は圧倒的に女性ばかりなんだから!」
「女性の意見が聞きたいんだよ!!!」
 
などと言って、Vietnam Dairokuの若い女性社員達をまわりに侍らせながら、
かなりハイテンションになっています。
 
「今日は、酒代は全部俺が持つからね!」
「おりゃ!ビールじゃ、ワインじゃ!」
「ほりゃ!飲め!ほりゃ!食え!」
「ナニッ!おまえ、俺にイッキで挑戦するのか!?」
などと、極めて上機嫌でした。
 
 
ひとしきり井上さんの料理が出終わった後は・・・、
 
バイクの後ろにまたがって、昨年の10月より着用を義務づけられたヘルメット
を被って二次会のカラオケボックスへなだれ込むことに・・・。
 
日本人相手の日本語カラオケがある店を社員達が知るはずもなく・・、
連れて行かれたのは、ベトナム語と英語と中国語の歌しかないお店でした。
 
 
ベトナムのカラオケボックスは、
「これ以上の音は出せないぜ!」と思われる程、鼓膜に刺激的な大音量!!
ソファーの前には、「さ縲怩ウ!全員でも踊り狂えまっせ!」と思える程の広い
スペースがあるのが特徴です。
 
次々と曲を入れ、大音量の中、踊りまくる若い社員達にすっかり圧倒された
色オヤジ二人組は・・、
 
 「う゛縲恣ェが痛い!」
 
「ホー社長・・。 ゼイゼイ・・。」
 
「いつも・・。」
 
「こんなのにつきあっていらっしゃるんですか・・・? ゼイゼイ・・。」
 
 「う゛縲怐E・。 ゼイゼイ・・。」
 
 「今回で・・、二度目ですが、前回も・・、こんなもんでした・・。」
 
 「トニーベネットの・・・、」
 
 「思い出のサンフランシスコが終わったら、我々は引き上げますか・・。」
 
「引き上げますか・・。」
 
「明日も早いですから・・。」 
 
ユンとカーンに、
「俺達は、もうそろそろ退散するよ・・。」
と告げてポケットからベトナムドンの札束を渡し、
私とダイク村村長は、タクシーを拾いに店の外へと脱出したのでした。
 
翌朝早く・・・、
 
ダナン空港を発つ私を、ユンが見送りに来てくれました。
 
「社長・・。ホーチミンの空港で食べてください。」
「ガック(健康によいと言われる果物)の赤いまぜご飯です。」
 
朝早いため、朝食にありつけなかった私は、
 「おおぉ、ありがとう!」
 「夕べはみんな結構遅かったんじゃないかい?」
 「わざわざ作ってきてくれたのかい?」
 
日本では、ここ十数年の間、手作り弁当というものにありついたことがなか
った私としては、夜遅くまで遊んだ後、しっかり早起きして弁当を作ってく
れるという社員の気持ちがとてもうれしく、ちょっと感激!でした!!! 
 
味付けは、かなりしょっぱいものでしたが・・。
 
(Mr.ホー)

(第17話) 税務局がやってきた!

先日、私が不在の時に税務局の職員がVietnam Dairokuへやってきました。

 
「この会社は何の会社だ!」
「何をやっている会社だ!」
 
「何!?日本からネットを通じて?データが来て?
 それをMacを使って?Photoshopでパスを切って・・・・・?????」
 
「ええい!要するに輸出業務をしているのだな!」
「それでは、税関の検閲は受けているのか!?」
「税関の通関証明書を出せ!」
 
などと吠えまくっていったようなのです。
 
 
検閲などといっても、毎日毎日何千点も自動車やら自転車やら、ジュエリー
やら花やら、挙げ句の果てに、パンツやらブラジャーやらの大群をいちいち
検閲するなど、どうせベトナムのだらだらした税関職員がやるわけないし、
物理的にも不可能なことです。
ネット上には税関は無いので通関証明書などあるわけもなく、
 
 「そんなもの無いです・・。」
 
ということでお引き取りいただいたようなのですが・・、
 
 
 「そんなもの無いよ、知らねぇよ!」
 
ということで放っておいて後々ややこしいことになっても面倒なので、
「私がいる間にキチンと処理しておこう!」
ということでパソコンの輸入の際、ダナン税関実弾スナイパー突撃大作戦で
大変お世話になったロジテムベトナムのIさんのところへ相談に行きました。
 
 
ダナンに住む日本人の中で、いの一番にベトナム人に刺し殺されるのは間違
いなく彼であろうと言われている「てめえ!ぶっ殺してやる!!」が口癖の
物騒な兄ちゃんであるIさんは、早速ロジテムの輸出入担当者と税務担当者を
呼んできてくれました。
 
 
弊社は、中国に3カ所、ベトナムに2カ所の外注先があるため、お金の流れ
を香港法人である香港大六貿易有限公司という会社を経由させています。
 
具体的には、香港のHSBC(香港上海銀行)に香港法人口座を作り、外注費と
いうことで一旦まとめて香港口座に振り込み、HSBCの口座から外注の各社に
HSBCのネットバンキングで送金手続きをしているのです。
 
外注先の支払いや、香港の会計事務所、或いは不定期に発生する海外送金を
その都度、日本から送金すると毎月毎月、一件当たり7,000円とか8,000円×
送金先件数の送金手数料が発生します。
それを、香港経由にすることによって、香港への振込に7,000円、ネットバン
キングでの送金手数料はおよそ1,000円ちょっとになるため送金相手先が多け
れば多いほど銀行の送金手数料が節約できるわけです。
 
 
Iさん曰く・・、
 
「Mr.ホーさん・・。」
「日本法人と、香港法人と、ベトナム法人の業務の流れを証明できるような
 三者間の業務提携契約者を作っておいた方がいいですね。」
「税関対策には業務契約書が必要ですよ!」
 
とのことで、
 
 「三者間のね・・。わかりました。」
 
と言っているところに、
ロジテムベトナムの輸出入担当者が
「ごちゃごちゃごちゃごちゃごちゃごちゃごちゃごちゃ」言い始めました。
 
ひとしきり輸出入担当者がごちゃごちゃ言い終わると
今度は、税務担当者が、
「くちょくちょくちょくちょくちょくちょくちょくちょ」と、言い始めました。
 
次には、輸出入担当者と税務担当者が交互に、
「ごちゃごちゃごちゃごちゃ」
「くちょくちょくちょくちょ」
「ごちゃごちゃごちゃごちゃ」
「くちょくちょくちょくちょ」
「ごちゃごちゃ」
「くちょくちょ」
「ごちゃごちゃごちゃごちゃごちゃごちゃごちゃごちゃ」
「くちょくちょくちょくちょくちょくちょくちょくちょ」
 
何十分待ってても
「ごちゃごちゃごちゃごちゃ」
「くちょくちょくちょくちょ」
が終わらないので、
 
私と、Iさんはその「ごちゃごちゃくちょくちょ」が行われている間に・・、
煙草を仲良く4本づつ吸い終わってました。
 
 
いい加減、Iさんも笑いながら・・、
「輸出入担当者にはその見解と言い分があり、税務担当者にはその見解と言
 い分があるんですわ!」
 
それぞれの担当者としては御親切にも、
「こうした方がいいんじゃない、ああした方がいいんじゃない!」
というアドバイスをその立場ごとにくれていたのですが・・・・、
 
 
 「それで、私はどうすればいいんでしょう!?」
ということが全くわからないので、
 
 
結局・・・。
 
 「わかった! 税務局へ行って聞いた方が早い!」
 「今日は、どうもありがとう!」
 「あすは、土曜日で税務局は休みだから今から行ってみるよ!」
 
と言ってロジテムさんを後にして税務局へと向かったのでした。
 
 
税務局では・・・、
 
ツンッとつり上がった眼鏡をかけて、
「私、ベトナムのエリートよ!
 この税務局では女性職員の出世頭なのよ!ホッホッホのホ!
 悪いけど私、メチャ!アタマ切れるのよ!
 あんたたち、この私に何の用件かしら?」
といったオーラを漂わせた手強そうなオバチャンが無表情のまま我々の相手
をしてくれました。
 
 
ひとしきり、トゥン君の説明を聞いた後、
 
「その仕事は、新しい仕事だから詳しくは調べてから後ほど連絡します。」
 
「税関は、関係ありません。ここで手続きをしてもられば結構です。」
 
「尚、海外からの請求書は、正式な請求書として認められませんので税務局
 発行の正式な請求書用紙を購入して再度作成し直し、一ヶ月以内に差し替
 えておく必要があります。」
 
とのことでした。
 
通訳のトゥン君が今後行わなければならない手続きについてどれほど正確に
理解できたのかはわかりませんが、ベトナムで会社を経営していく上で必要
な雑用を一つづつ体験しながら身につけていくしかないということでしょう。
 
 
何はともあれ、
 
わからぬことはわかる人に聞くことです!
 
(Mr.ホー)

 

(第16話)カーンリタイヤか!

前号で、トゥンが倒れ、カーンも病気で・・、

 

というお話をいたしましたところ・・、
 
一昨日のこと、カーンさんから突然、退職届が届きました!!
 
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 Dear 社長。
 
 社長の会社に勤める間に、私がいろいろな事を習ってなりました。
 私の日本語もよくなります。
 けれども、私が会社に勤めて続けないと思います。
 主な理由は健康です。
 
 以前、甲状腺の病気がありましたが、日本へ行く前に病気が治りました。
 しかし最近この病気が発病しました。
 医者はこの病気がある人が夜更かしして、
 仕事を無理にしてはいけないと言いました。
 それに、時々遠い所へ病気を治しに行かなければなりません。
 診療時間もかかったり、入院もあったりして、
 会社の仕事に影響があります。
 
 だから、ちゃんと考えた後で、会社を辞めることにします。
 4月の始めに長い治療がありますから、
 この月の終わりに辞めさせてほしいです。
 
 社長の会社に働いて続けなくて、とても残念ですが、
 病気が治るために、辞めます。
 
 本当にすみません。
 社長の返事を期待します。
 よろしくお願いします。
 
 Mai Khanh.
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
カーンさんはダナン経済大学の新卒採用で、3名のリーダーの中では最年少
ですが、一番日本語がまともだった女性です。
 
Vietnam Dairokuの社員も27名となり、会社を軌道に乗せる大切なこの時期
にリタイアされるのは会社にとってかなりの痛手です。
 
しかし、本人が病気の治療を優先させたいということであれば、
「期待!」される社長の返事としては、
 
「そうか・・・! とても残念だけれど・・、」
「今は、治療に専念しなさいよ。」
「しっかり、病気を治しなさい!」
 
ということにするしかないわけですが、佛のMr.ホーとして彼女のリバース
への道だけは、準備しておこうと思っています。
 
花束を抱えつつ、私がダナン空港に到着するのを今か今かと待ち続けてくれ
る彼ら・・、
 
私が帰国する時には、空港へ見送りに来て、
「これ、おばあちゃん(私の母)にあげてください。」などといってベトナム
土産を手渡してくれる彼ら・・、
 
もはや、私にとっての彼らは、「ベトナムに残したかわいい息子や娘たち!」
のような存在になってしまっています。
 
私の力では大した役には立てないにしても、彼らの幸せのために私に出来る
ことは何でもさせてもらおうとまで考えています。
私にはどうしても、ベトナム人社員達を「働く機械!」として扱うことは出来
ないのです。
 
甘いでしょうか・・・・・。
 
しかし!
いずれにしてもリーダー2名の体制では、先日のように
「トゥンが倒れ、カーンも病気で・・、」
みたいな状況になっては、またしても!中国DTP顧客担当の田中君が、
 
血相を変えて、
 
 「社長!今夜もベトナムへ仕事をまわせません!!」
 
などといって私の部屋へ飛び込んで来ることになってしまいますので、
あと2名!「日本語バッチシよ!」社員を採用する必要に迫られています。
 
昨年、面接をした日本料理レストランでバイトをしながら日本語を勉強して
いる女性もまもなく卒業する頃です。
 
もう一度、喫茶店で待ち合わせをして口説き落とそうかなどと思いつつ・・、
 
まだ顔を見ていない新人達との初顔合わせをしなければなどと思いつつ・・、
 
また、改めて全員との労働契約を取り交わさなければなどと思いつつ・・、
 
更に、昼勤と夜勤の連絡の悪さを改善しなければなどと思いつつ・・、
 
そして、リーダーへの再教育をビシビシとしなければと思いつつ・・・、
 
来週は、一人でダナンへ向かいます。
 
海開きして家族連れの海水浴客で賑わっているダナンの青い海や、
 
沖合のイカ釣り漁船へぷかりぷかりと向かっていくお椀型の一寸法師や、
 
海風を受けてゆさゆさとたわみながら海沿いの街道に立ち並ぶ南洋植物・・。
 
彼らは去年と変わらぬ姿で、
初めてダナンの地に足を踏み入れてから丸一年の私を待っているのです。
 
などと、勝手な妄想に浸るのは後にして!
 
また、ひとたらしの上手い石川さんとじっくり相談しなければ・・・。
 
(Mr.ホー)

 

(第15話) テト明け・・・

テト(旧正月)明けのある日・・・、
 
中国DTP顧客担当の田中君が、私の部屋へ飛び込んできました!
 
 「社長!今夜はベトナムへ仕事をまわせません!」
 
「なにっ! 何で!?」
 
 「トゥン君が会社で突然倒れてしまったそうです!」
 
 「夜勤責任者のトゥン君は、病院へかつぎこまれ、
  カーンさんも病気で夜勤の替わりが出来ず、
  おまけにワーカーも二人しかいないそうなんです。」
 
「トゥンが倒れたって、大丈夫なのか!?」
 
「ワーカーが二人って、あとの三人はどうしたんだ!?」
 
 「どうも、まだ、休んだまま出社していないようなんです。」
 
「なに縲怐I会社にきとらん!!どういうこっちゃ!」
 
 
弊社の中国DTPの窓口業務を担当している夏くんは、
 
「あ縲怐I中国も同じですよ・・。 それ、よくあることですね縲怐B」
 
と言って笑っています。
 
 
中国では、出稼ぎワーカーの中には春節(旧正月)の休みに田舎へ帰省した
まま帰ってこないものかなりいると言う話をよく聞きます。
 
ベトナムでも状況はよく似ているようで、先日、ダナン某社の日本人駐在員
(とはいってもこの方は、ダナンに住み着いてしまうことになるでしょう)
Iさんからいただいたメールには・・・、
 
 「Mr.ホー様 
  お世話になります。
  12日から稼働を再開しましたが、工場の方がなかなかテト気分から
  抜け出せない雰囲気を醸し出しており、とても困っております。
  現時点においても、まだ50人の工員が戻っておりませんし、
  早退も目立ちます。
  あまりにも活気がないので、私まで帰りたくなります…。」
 
という、メッセージがありました。
 
 
日本であれば、
 
新年は、明けましてお目出たい!ものであり、
 
仕事始めの日は、会社にとっての元旦(元の日)ですから、
 
もちろん、晴れやかな顔で全員揃って!
 
年頭の挨拶に始まって、本年のスローガンや目標を発表し、
 
今年こそ頑張るぞ!!である特別な日!である筈です。
 
 
早速、ユンに連絡を取り、
「すぐにトゥン君のところへお見舞いに行ってきなさい!」
「そして、今夜から昼夜昼夜と、何人ずつの戦力が揃うのか確認して毎日毎日
 本社へ報告しなさい!」
と指示しました。
 
幸い、トゥン君は低血圧性貧血でということで大事には至らず、
2縲怩R日の入院のあと元気に復活していますが、その間、ユンが一人二交代
で昼夜昼夜と頑張ってくれていました。
 
しかし、トゥン君の戦線離脱にあいまって、カーンが咽喉炎のため声を出せ
なくなりスカイプで連絡を取ることができません。
また、ワーカーが不足している分を補うために、責任感の強いユンは徹夜明
けから続けて昼勤務を続けていたため頼みのユンまで遂に悲鳴を上げ出して
しまいました。
 
 
200名中50名が戻っていないというのも相当大変で、現場指揮官が、
「私まで帰りたくなります・・・。」という気持ちもわかります。
 
しかし、まだ3/4の戦力が生き残っており現場指揮官が健在な部隊と、
夜勤の6名中3名が無断で戦線離脱して戦力が半減してしまった上に、現場
指揮官まで傷痍軍人化してしまった部隊とでは、その業務支障度は比較にな
りません。
 
 
これは、また早々にダナンへ行って、「Mr.ホー元帥登場!喝縲怐I!!」を、
やり直しておかないと大変なことになるゾという気がしてきました。
無断欠勤は、文化や習慣の違いということでのんびりと片づけておくわけに
はいきません。
 
2月から新たに15名の新入社員の採用を始めていることもあり、
 
「そもそも!会社に就職するということはだな・・!」
 
というようなレクチャーを半日くらいかけて行い、厳格なルールづくり、
それに伴うペナルティもセットで明示しておかねばなりません。
 
中国でもベトナムでもペナルティのないようなルールは誰も守ろうとしない
からです。
 
 
日本人の「民度」は、ほっといても相当高い!というのが実感です。
 
(Mr.ホー)

 

(第14話)社員のボーナス

正月明け早々、Vietnam Dairokuの社員から本社へ問い合わせがありました。

 「もうすぐ、テト(旧正月)なんですが・・・、」

 
「ボーナスは・・・、 
「もらえるんでしょうか・・・?」
 
 
ベトナムでは、13ヶ月給料といって旧正月前にボーナスを支給するという
習慣があります。
 
Vietnam Dairokuは、昨年11月から少しずつ業務を開始したばかりであり、
1月までは5台のMacでやりくりしていたため、たいした生産量が上がるわけも
なく、当然のことながら10月、11月、12月、そして依然として1月としっかり
赤字で、極めて燃費の悪い30年前のアメ車のように湯水の如くガソリンを
まき散らしながら走り続けている見事な不採算企業状態です。
 
現在のところ、ダイク村の家賃を滞納し、社員の給料も立て替えていただき
ながら更には私たちの出張時の航空運賃までをも立て替えていただいている
という状態で、毎月毎月雪だるまの様に借金を重ねています。(注)
 
 
「ウチの借金って、今、いくらになりましたっけ・・?」
とダイク村の村長に聞くと・・、
 
 「そうですねぇ・・・・・、1億ドンくらいでしょうか・・・・・。」
 
「ぐえっ!!」
 
一億!などど聞くと思わずのけぞってしまいますが、
冷静に計算すれば70万そこそこですので、まだまだ腰を痛めるほどのけぞる
金額ではありません。
 
しかし、いくら太っ腹の村長さんだからと言えどもいつまでも甘えてばかりも
いられませんし、二ヶ月に一度のペースでの出勤ですとどうしても支払い業務
が滞り気味になり「あっ!」と言う間に雪だるまは成長してしまいますので、
その都度キチッキチッと精算していかねばなりません。
 
それにもまして、早急に!Vietnam Dairokuの稼いだ資金で会社を廻せるよう
に自立させていかなければなりません!
 
15台のMacが揃い、社員も倍増し、教育期間が終了する4月からがVietnam
Dairokuにとって本当の勝負となってまいります! 
 
この状況の中、私は、Vietnam Dairokuの社員に対し、
 
「ボーナス!?」
 
「今、ウチはなぁ!
 借金が、毎月毎月確実に育っている『ベトナム雪だるま!』だぞ!!」
 
「当然・・・、ボーナスは出ないよ!」
 
と、首筋からつららを落としこむが如き冷たさでビシッと突き放しました!
  
 
先日、出張に行っていた際、リーダーのユンが再三に渡って私に・・・・、
「社長縲怐E・・・、 もうすぐ・・・・、ベトナムはお正月縲怐v
みたいなことを言ってきます。
 
また、トゥンも、
「日本の・・・お正月は・・・、何を・・・しますか?」
などと、やたら正月ネタの話題を持ち出してきます。
 
 
暗に彼らは、私に、
「ボーナス・・・欲しいよぅ・・・。」と言っているのだと察し、
能面のような表情で冷徹に、「お正月縲怐vネタは無視し続けていましたが、
  
出張の最終日・・・・。
 
 
私は、アカウンターに言いつけました!
 
「金庫から、金出してくれ!」
「それから、封筒もな!」
 
「ちょっと皆を集めてくれ!」 
 
「未だ、会社はベトナム雪だるまである!」
 
「従って、まだ、ボーナスなどを払える状況ではない!」
「今後、皆それぞれの目標を達成出来るように頑張って欲しい。
 皆が目標を達成できれば昇給も、ボーナスも払えるようになる。」
「しかし、成果無くして昇給無し!である。」
「故に、目標は必ず達成するように!」
「2月からは、新しい社員も増えるので、皆先輩として新入社員をしっかりと
 指導して欲しい。」
 
「いいね・・!」 
 
「が、しかし!・・・。」
 
「会社としては、今回のボーナス支給は予定していなかったが、
 皆、お正月を楽しみにしているようであるし、皆の今後の成長に期待して
 私は、皆に、少しづつではあるがボーナスを払いたいと思う。」
 
 
そう言って、
リーダーには6000円ちょっとワーカーには4000円ちょっとのボーナス
を配りました。
 
私の訓辞の間、どうも不満げな顔だった社員達・・。
 
一人一人に封筒を手渡すときには一人残らず笑顔に戻っていました。
  
 
遂に、彼らの「お正月♪♪♪」作戦にまんまと嵌ってしまった様ですが、
 
締めて、62000円!で社員達の志気が上がるのであれば安いもんか?
 
(Mr.ホー)
 

 

 

(第13話)中古パソコンをどうやって持ち込むか?(その2)

第5話で問題提起しました「中古パソコン(Mac)をどうやって持ち込むか?」

 

という大命題がようやくクリアできました!!!
 
さすがは!Mr.ホー!
 
偉いぞ!よくやった!!
 
さすが!さすがだ!!パチパチパチ!!!
 
と、勝手にはしゃぎつつ自画自賛しておりますが、実はほとんど、私の廻り
の頼りになるブレーンと粘り腰でがんばった弊社スタッフのお手柄なのであ
ります。
 
現在、Vietnam Dairokuには、15台の中古Macがお行儀良く並んでいます!
 
ベトナムの法律では、
「中古機械は、新品の80%以上の性能を有する製品でないと持ち込み(輸入)
 は出来ない!」
ということになっています。
 
「中古パソコンの場合の新品の80%以上の性能って何!?」とか、
「それじゃあ、G4の場合はどうなるの?」という素朴な疑問が湧くところで
すが、せいぜい20,000円とか25,000円という捨て値プライスで中古市場から
調達した7縲怩W年落ちのMac-G4なぞでは、当然「新品の80%以上の性能」と認
められる可能性はありません。
 
そこで、第5話に登場した「物騒な言動で吠えまくり、夜のダナンを支配し
ているロジテムベトナム(物流会社)のIさん」に、基本でない裏ワザの仕
込みから実弾、及び、スナイパーの手配も含めて持ち込み対策を着々と進め
ておりました。
 
しかしながら・・・、
 
今回発送予定の新たな10台のG4が名古屋へ集結し、セントレア空港からの発
送準備が整った11月の下旬、Vietnam Dairokuのスタッフ教育係として今回
の発送業務を担当していたデザイナーの西本君から、突然、Vietnam Dairoku
の前途に暗雲が立ち込めるような嫌な情報が入ってきました。
 
「社長!日本からの持ち出しがダメかもしれません!」
 
 「何っ!どうして!?」
 
「該非判定書というものが必要になるんだそうです。」
 
 「なぬっ!何じゃそれは!」
 
ベトナムは社会主義国であるためCOCOM規制に引っかかり、ベトナム向け輸出
の機械には、「軍事転用することが出来ない」旨を証明する書類の添付が必
要になるというのです。
たかがパソコンですから全く問題はなさそうなのですが、メーカーが発行
し、軍事転用不能を保障する「該非判定書」の添付が必要!ということなの
です。
 
しかしながら、アップルコンピューターはそもそも、アメリカにおいて日本
仕様のMacを日本向けとして製造し、日本へ輸出しているわけで、日本以外の
第三国へ持ち出すための「該非判定書」をしかも、中身を不正にいじってあ
るかもしれない中古物件の「該非判定書」なぞ出せるわきゃないでしょ!
ということで・・・、
 
「それなら、アップルの代理店業務をしているところで発行してもらうこと
 はできないか!」
というテーマで、広く印刷業界に顔が利く親しい名古屋の印刷機材屋さんの
社長を通して調査・依頼をかけることに致しました。
 
しかし、依頼の結果は、
 
「諦めるんですな・・・!」という悲しい回答・・・。
 
弊社の西本君に、
 
「経済産業省や関係機関に直接問い合わせたらどうか!」
 
「まあ、直接問い合わせてたとしても、まず、埒あかんわなあ・・」
と思いつつも・・、
 
「あちこちに聞きまくって、誰かに良い知恵を授けてもらうように!」
と、私はペロリ!と無責任な指示を出しました!
 
そこから西本君は、おそるべき粘り腰を発揮してくれました!
 
何度も何度も何度も、経済産業省や物流会社と直接やり取りした挙句、
1.税関では、必ずしも、「該非判定書」を求められる訳ではないようだ。
2.しかし、「該非判定書」の提出を求められた際、添付されていないと
  密輸出の扱いとなり、厳しいペナルティーが課される場合がある。
3.例えば今後、大六印刷からは、輸出業務は出来なくなるなど・・。
 
しかし、
4.名古屋税関よりは、成田税関のほうがチェックが甘いようである。
5.そして「該非判定書」は必ずしもメーカー発行のものでなくても良い。
6.つまり、辻褄があっていれば大六印刷発行の物でも通る可能性がある。
という明るい兆しの見える情報を仕入れてくれました。
 
そこで、決断です!
 
NHKの松平アナウンサーモードで言うと、
「そして、今日の『その時』がやってまいりました!」
 
私は、
「よしっ!該非判定書はウチで作成して、成田ルートで突撃しよう!!」
 
西本君、
「や・・、やりますか!? 成田で、強行突破しますか!?」
 
「やろう!もし、やらなければハンドキャリーで10往復作戦しかなくなる!
 それでは、また、ホーチミン税関で大バトルの繰り返しだ!
 そんなこと、やっとれんだろう?
 そのうち、お縄がかかることになるかもしれん!」
 
「ここは、成田ルートでの正面突破しかないだろう!」
 
「わかりました!!」
 
ハンドキャリー10往復作戦では、Vietnam Dairokuの損益分岐点越えが大幅
に遅れることになり、テト(旧正月)前の一時金を支払うどころか、延々
と、ベトナムスタッフの給料もダイク村の家賃の支払いも支障をきたすため
何としてでも早晩、月産40000点体制に持ち込みたかったのでした。
 
私は、Vietnam Dairokuの今後に夢と勇気とサムマネーを託しているベトナム
スタッフたちの顔を思い浮かべながら「今後の輸出業務の可否」というリス
クを犯しつつ、まなじりを決して正面突破の決断をすることにしたのです。
 
その後、成田ルートで突撃した10台のMac-G4は・・・、
 
「無事!成田税関を突破しました!!」という報告を受け、
 
よっしゃあ!!第一関門は突破!!!
 
よっしゃ!よっしゃ!!と西本君と凱歌をあげているところへ・・・、
 
案の定、ベトナム税関では、
 
『なんだこれは!中古じゃないか!』
という指摘を受け、
 
更に同梱していたキーボード及びマウスの存在が、
 
『申請内容と違う!』
ということで、
 
第二関門の突破をより困難にしたものの、
ロジテムベトナム実弾スナイパーの機敏な対応により・・・、
 
「無事!中古Mac10台は、Vietnam Dairokuに到着しました!!!」
という一報が届き・・・、
 
ここに、おそらく日越の交易が始まって以来、初めてのこととなるであろう
『中古Mac10台が南越の地に上陸』するという歴史的快挙を成し遂げること
ができたのでありました!
 
しかし、
「実弾スナイパーの手配に対する請求の嵐が、
 ロジテムベトナムのIさんより、どっさりと吹き荒れてくるようです!」
 
ということでした・・・。
 
Iさんには、後日、芋焼酎「霧島」を手土産に、
日本食居酒屋「たかし」でたっぷりと飲んでもらうだわね!
 
やれやれ・・。
 
以上のような顛末で、
 
「現在、15台の中古Macがお行儀良く並んでいます!」
という状態に漕ぎ着けることが出来たという次第です。
 
(Mr.ホー)
 

 

 

(第12話)全員でパーティー!(その2)

定宿のホテルに戻り部屋に荷物を置いた私と井端君は、

トゥン君の道案内に先導されて高級ベト飯海鮮レストランへと向かいました。
 
「あそこが、レストランです。」
 
トゥン君が指さしたのは、中国によくある宮殿風の建物で、いかにも
「ウチの店は、貧乏人なんか来ないんだもんね!」と、わざと敷居を高そうに
見せているような立派な造りの中華風レストランです。
 
「へ縲怐Iライトアップなんかして、結構、立派なレストランだね縲怐I」
 
 
ところが!ホテル前の街道からレストランに至る道がありません!
 
「何で、道が無いの!? あそこまで、どうやって行けばいいんだ!?」
 
トゥン君は、昼間の雨でぬかるんだ湿地帯の中、わずかにけものみち化した
隘路を自信ありげにずんずん進んでいきます。
私と井端君は、
「ウソだろ!本当にこんな道しかないのか!?」とぶつぶつ言いつつ、
先導するトゥン君のあとをおそるおそる足を運びながら、なんとか、高級ベト
飯レストランに辿り着くことができました。
 
 
遠くの入口あたりで、ユンさんとカーンさんが手を振っています。
 
「お縲怐A来とる来とる!」
 
昼間見た顔、昨晩見た顔あわせて、
Vietnam Dairokuの総勢13名が揃いました!
 
「みんな、どうやって来たんだい!?」
 
 
なんのことはなく、
レストランの横には自動車もバイクも通れる立派な道があり、みんなはちゃん
とその立派な道からバイクで来ていたのでした。
ただ単に、トゥン君がこの店は初めてだったため正しい道を知らず、湿地帯の
けものみちルートを案内したのでした。
 
 
店の二階に案内されると、結構立派な中華風の造りになっており、既に我々の
席が準備されていました。
 
「ここって、ベト飯屋だよね!?」
「中華料理屋じゃないよね!?」
 
ベトナムは、他の東南アジアの国々とは異なり中国文化の影響が大きいため、
高級な部類のレストランは、中華風の造りになっているところが多いのです。
 
二階の客席からは、一階の様子がガラス越しに見える様になっています。
一階はかなり騒々しく、一階のステージでは派手な衣装で着飾った十数名の
老若男女がひたすらヤカマシイ音楽に合わせて勝手に踊りまくっています。
 
「あれ、何やってんの?」
 
「結婚式です。」
 
「へ縲怐Iベトナムの結婚式って、あ縲怩竄チてみんなで踊り狂うのかい!?」
 
すでに、結婚して子持ちのハンさんに、
「ハンさんの結婚式も、あ縲怩竄チてみんなで踊り狂ったのかい?」
 
「そ縲怩ナすよ!」
 
しかし、オソロシイやかましさです!
 
「よしっ!一階の結婚式に負けず、我々も飲んで騒ぐぞ!!」
 
「乾杯だ!乾杯!俺!タイガービールね!」
 
 
「モ、ハイ、バ!、ヨー!!(イチ、ニ、サン、乾杯!)」
 
一人一人に、改めて自己紹介と、趣味、そしてVietnamu Dairokuへ入社した
感想などをスピーチしてもらいながら・・、
 
一人終わると、
 
「モ、ハイ、バ!、ヨー!!(イチ、ニ、サン、乾杯!)」
 
また、一人終わると、
 
「モ、ハイ、バ!、ヨー!!(イチ、ニ、サン、乾杯!)」
 
 
ベトナム流の乾杯は、中国の様に全て杯を干してしまったことを確認し合う事
は求めない日本式の形だけの乾杯!であるため、中国式乾杯!乾杯!乾杯!で
鍛え上げた歴戦のMr.ホーにとっては、物足りなくもあり、ありがたくもある
ものでした。
 
ただ、パーティーも終盤にさしかかる頃には、エンジン全開になってしまい、
 
「うりゃ縲怐Iもう一件、行くぞ縲怐I!」
 
「クラブか!?カラオケか!?マッサージか!!」
 
「どこか、面白いトコへ連れてってくれ縲怐I!!」
 
と、三つの海を又にかける大陸ビジネス突撃隊のMr.ホーもすっかり、
単なる酒癖の悪い昭和の日本オヤジと成り下がっていました。
 
 
自己紹介の中で、何故か、「旅行が趣味です!」というわりには、
「いままでに、どこらへんへ行ったことがあるの?」と質問すると!
「どこへも行ったことが無い!」という不思議な回答をする社員があまりにも
多かったので、
 
ひょっとして・・、
 
トゥン君の怪しい日本語力は・・、
 
「趣味」を、
 
「やってみたいこと・・。」とか、
 
「会社に対する要望・・。」
 
みたいな意味で翻訳したのでは・・?
 
と、思ったのでした!
 
 
昭和日本オヤジの「もう一件、行くぞ縲怐I!」に対し、Vietnam Dairoku社員
の総意としては、
 
「カラオケへ行きたい!」ということになり、
 
 
おいしかった高級ベト飯レストランの前で記念写真を撮った後・・、
 
我々は、それぞれに酒気帯び運転のバイクにまたがってベトナム語カラオケの
店へと向かったのでした・・・。
 
 
ベトナムでは、会社の行事としてのパーティーとか食事会、今では日本の若者
は喜ばない慰安旅行に準ずる会社の小旅行の様なものを企画すると、みんな
結構喜んで参加してくれます。
 
また、夕方になると、浜辺にはバイクや自転車が所狭しと集まってきて家族揃
って浜で夕涼みをしている風景がみられます。
 
共稼ぎで働く家庭がほとんどで、まずは、生活するために収入を得ることが先
決であり、娯楽にお金をかけるところまでの豊かさは無いというのが実状なの
でしょう。
 
そのため、会社丸抱えでの会社行事というのは社員にとっての楽しみであり
会社行事を通して社員間の風通しをよくするという手法は有効であると思われ
ます。
 
 
今年は、2月までに、現在13名のVietnam Dairokuを27名まで増員して、
「明るく、厳しく、気持ち良い」会社づくりをして、少しでも、ダナン経済と
中国DTPユーザーの皆様にお役に立てる会社にしたいと思ってます。
 
今年も、相変わらぬ、御指導御鞭撻の程どうか宜しくお願い申し上げます。
 
(Mr.ホー)
 

 

(第11話)全員でパーティー!(その1) 

現在、Vietnam Dairokuは、昼勤5名、夜勤5名をリーダー3名が交代で管理 する体制を取っています。
従って、13名の社員全員が一堂に会する!というチャンスはないのです。 
 
前回の出張の帰り際に、リーダーの3名に追加採用を任せていたこともあり、

現在のVietnam Dairokuには私は顔を知らない社員が3名いる筈でした。 


私とデザイナーの井端くんは、ダナン空港に到着したあと、そそくさとホテル
のチェックインを済ませると時計は既に21時を廻っていましたが、
「これからいきなり会社へ行ってみようか!」ということになり、
知らない社員の顔を見がてら夜食を持って、どっきりカメラ風に
「Mr.ホーただいま参上!!」というイベントを行うために
タクシーを飛ばして夜勤の最中の会社へ行ってみることにしました。
 
 
弊社が入居しているホアカイン工業団地は、ダナン市中心部から約11キロ。
夜間なら、車でおよそ20分の道のりです。
市内の中心部から離れているため団地に近づくにつれ次第に町の灯りも寂しく
なり、団地の廻りはとても薄暗く、どこがホアカインの入口かもわかりにくい
ほどです。
 
「この暗さでは、夜中の通勤は女性にはちょっと可哀相かも・・、」
という気がしてきます。
 
タクシードライバーには、
「ホアカインのRoad No10のダイク村だよ!」と伝えていましたが、
ホアカインに入ると、ドライバーは盛んに首をかしげながら同じところをぐる
ぐるぐるぐる迷い始めてしまいました。
私自身も、昼間と夜との風景のあまりの違いに、ナビゲーションをするどころ
かドラーバーと仲良く、「ここはどこ・・?私は誰・・?」状態に落ちいって
しまっていました。
 
 
ようやく、ダイク村にたどり着くとガードマンが2人、
「お前は誰だ!」という顔をして仁王立ちしています。
 
「ヤーヤーヤー!ご苦労さん!」
 
「俺は、ダイロクのMr.ホーじゃ!」
 
「今、出社したのじゃ!通せ!通せぃ縲怐I」
 
というと、とたんに愛想が良くなり門を開けてくれました。
 
 
ダイク管理棟の2階へ上がると、カーンさんが出てきてビックリしたように
「ここは、鍵がかかってますから裏から廻って下さい!」
というようなことをガラス越しに身振り手振りで伝えるので、
 
「そ縲怩ゥ!昔から身内や大事なお客は勝手口と相場が決まっているもんね。」
ということで、裏口から会社へ入り・・、
 
「Mr.ホーただいま参上!!」
 
社員達は筋書き通り・・、
「エッ!こんな時間に来てくれたの!」
みたいな驚きで私と井端君を迎えてくれました!
 
それが、狙いだったんだよね・・。
 
 
夜勤の5名は、練習を始めてまだ、一月ちょっとという段階なのですが、
とても丁寧な仕事ぶりです。
 
私が顔を知らない、後から追加採用されたヴーくんもフェイくんも他の3名と
遜色なく仕事をやっていました。
 
「チラシの切り抜きにしては、ちょっと、丁寧すぎるな・・。」
というきらいはありましたが、
一旦、手抜きを覚えてしまったオペレーターに、後で「もっと丁寧に・・」と
いってクオリティを上げさせる事は困難になるため、最初から、「日本で要求
される品質はこれ以上・・」と初めから丁寧すぎるくらいに仕上げるクセをつ
けさせる必要があるのです。
 
善哉!善哉!
 
 
カーンさんに、
 
「明日の夜、全員で食事に行こう!」
 
「急な話だから、来られる人だけで良いから、昼勤の人にも声をかけといて!」
 
 「日本料理がいいですか?中国料理がいいですか・」
 
「ベト飯でいこうベト飯で!そのほうがみんな喜ぶでしょ・・。」
 
 「わかりました・・、ホテルの近くのレストランを予約しておきます。」
 
「じゃ、頼むね・・。」
 
と告げて帰ることにしました。
 
 
・・・と、ここまで来たところで、お客さんとのアポの時間になってしまい
ましたので続きは次回にいたします。(スンマセン!)
 
(Mr.ホー)

 

(第9話)インターネット通信回線事情!

DTPオフショアリングビジネスにとって、通信インフラの善し悪しがキモ となります。

弊社がベトナムビジネスを立ち上げる前、

「激安!中国DTPって安いね!うちは時々ベトナムに出しているけど、
トナムの切り抜きはあまり安くないよ!」という話を時々耳にしました。
 
ベトナムの人件費は中国の沿岸部と比べてもハノイ・ホーチミンで7縲怩W割
程度であるという水準であることを考えると、なぜベトナムは中国より高く
なってしまうのかという理由がどうも納得できませんでした。
 
今回、ダナンでVietnam Dairokuを立ち上げる際、通信回線の現状を調べるに
つけ、次第に次のことが明らかになりました。
 
1.ベトナムは電力事情が悪く、停電が頻繁に起こるため大量データの送受
  信を頻繁に行うDTPオフショアリングビジネスにとっては、自家発電機の
  設置が必須である。
2.香港からの海底ケーブルは一旦ダナンに入った後、ハノイやホーチミン
  に引かれている。
3.ベトナムに光回線は一応来ていることになってはいるが、まだ、一般で
  は使われていない。
4.一般に普及している通信回線はADSLのみで、しかも料金体系は従量制で
  ある。そのため、常時接続の環境を維持すると通信料金は結構高額なも
  のになる。
5.更に、帯域保証の契約はまだまだ高く、1Mbps保証で月額約335,000円、
  2Mbps保証で月額約500,000円、10Mbps保証だと月額約1,810,000円にも
  なってしまう。
6.また、海底ケーブル部分からの帯域を保証させるとなると、別途百万単
  位での契約が必要となる。
7.あと、蛇足ながらVNPTというベトナム国営の通信会社(独占企業)はお
  話にならないほど対応が悪く、いつ工事に来るのかわからない、ネット
  トラブルの原因もわからない、担当者は名前を言わない、ようやくトラ
  ブル対処に来ても何も言わずにトラブルが解消したともまだしていない
  とも言わないまま、知らないうちに帰ってしまう!といった具合で、こ
  れぞ社会主義国的お役所仕事!とも言えるメチャ素晴らしい対応ぶりで
  ある。
 
パーソナルユースでインターネットを楽しむ程度であれば、
「この時間帯は遅いよな!」で済む話も、ビジネスユースでは、即座に信用
問題になってしまうため通信回線の充実は必須条件です。
即ち、「早い!安い!いつでも入稿!」をベトナムで実現するためには、そ
れ相応のイニシャルコストがかかるということになります。
 
かつての中国でも、光回線の契約はばか高くて相当仕事量がないとペイでき
ない代物でしたが、今では、法人契約ですとまだまだ高額であるものの個人
名義で回線の契約をすれば、かなり安価で光回線にありつくことができます。
 
 
ホーチミンのIT関連企業が多数入居しているインテリジェントビルでは、そ
れなりの通信インフラは整備されているもののビルが立派である分入居費用
も高めに設定されており、なによりも、そこで働く社員の平均給与は高い水
準となっているのが問題です。
 
ちなみに、ダナン市内にもSOFTECというインテリジェントビルがあり、最近
SOFTECの入居企業が、まだ何も知らないし何もできないわりにプライドだけ
は高いというダナン大学の学生に対して3,000,000VND縲鰀4,000,000VND(日本
円にして23,000円縲鰀30,000円)というダナンの初任給相場としては破格の金
額を提示して、せっせと人あさりを始めているという情報が入りました。
 
いくら通信インフラがそこそこ整っているとはいえ、ランニングコストが命
のDTPオフショアリングビジネスにとって「人件費は中国よりも高いゾ!」
というのでは全くお話になりません。
 
それで、町なかのDTP会社が自家発電機を自前で準備してしかもADSLの常時接
続環境でDTPオフショアリングビジネスを始めようとすると・・、
 
「ここまで設備するのに、結構カネをかけたのに・・、」
 
「大量のデータが来てしまうとすぐタイムアップしてしまうんだわ縲怐B」
 
「すると、またダウンロードし直しなんですわ!」
 
「かといって相当の仕事量がないとビジネスにはならんし・・。」
 
従って、「あんまり安くは、やれんのだわね縲怐I」
 
ということになってしまう!
 
というのが、Mr.ホーが想像する
「ベトナムでは中国より高くなってしまう!」理由です。
 
では何故、Vietnam Dairokuでは、そのベトナムの環境で
「激安!日本一!」を目指すのか!?
 
それは、
1.人里離れた工業団地のレンタル工場で、(低イニシャルコスト)
2.帯域保証なしの安価な回線を複数敷設し、(低イニシャルコスト)
3.安価な人材をバリバリの戦力として育てあげ、(低ランニングコスト)
4.安価な家賃ではあるが、(低ランニングコスト)
5.快適な職場環境において、(離職率の低下→スキルの継続的向上)
6.目標の明確化によるインセンティブ制で、(高生産性)
7.更に、日本人駐在を置かずローカル社員のみでオペレーションする。
 
以上が実現できれば、当分の間はイケル!?と読んでいるからです。
 
このプランで、よっしゃ!よっしゃあ!!・・・・・!?
 
の結果を出すためには・・、
 
全て!計画どおりにうまく運んだ!!
という前提があってのことであるのは言うまでもありません。
 
実は、今、中古マック10台の持ち込みに関して思わぬトラブルに出くわし、
悪戦苦闘している最中です。
そのうち、そのあたりの顛末はご報告できるかと思いますが・・・、
 
いままで、ベトナム国内への持ち込みに関して裏から手を回して・・、だの
100%輸出企業(EPE)への登記変更・・、
だので右往左往していましたが・・、
 
それ以前に、日本国内からの持ち出しに関して、鬼の日本国税関から
「ちょっと待ったあ!!」がかかってしまったのです。
 
相当!ヤバイ!!「Mr.ホーさん大ピーンチ!!の巻」状態なのです。
 
そこら辺のお話は白黒決着がついてから改めてお届けいたします。
 
笑って、ご報告ができればよいのですが・・・。
 
(Mr.ホー)
 

 

(第10話)A社のミニストライキ!

ダイク村でミニストライキがありました。
それは、Vietnam Dairokuが入居しているダイク村管理棟のちょうど真向かい
にあるA社でのことです。
 
A社では、工場立ち上げ時に5名での作業を想定していた部門に6名のベトナ
ム人社員を配置して操業を開始していました。
 
A社のK工場長によれば、
「リタイアするやつも出るやろ!ということを想定して、最初は1名多めに採
 用しといたんですわ!」
とのこと。
 
当然、人によって仕事の向き不向きもありますし、人件費が安いベトナムにあ
って、リタイアも想定して立ち上げ時には少し多めに採用するというのはごく
ごく自然な話です。
 
A社が操業を開始しておよそ一年が経過した先月・・、
 
案の定、1名の社員がリタイアすることになり、当初の想定通りということで
そのまま5名で操業を続けていると・・、
 
社員達から次のような申し入れがありました!
 
「6名の仕事量をを5名で賄うのであれば一人あたりの負担が増加する!」
「我々は今後、従来よりハードワークに従事することになるのであるから、
 その分の給料を上げて欲しい!」
「もし、この要求が認められないのであれば本日付けをもって、
 5名全員辞表を提出する!!」
 
というものです。
 
A社のワーカークラスの給料は一人あたり1,000,000VNDだそうです。
 
相場としては、ダイク村でも指折りの高給?に設定しているVietnam Dairoku
よりも若干高い水準です。
 
日本円にすると基本給が7500円で、更に会社負担の社会保険料及び各種手当て
に昼食代の会社負担分も合わせると一人あたり9500円縲鰀10,000円ということで
ダナンに於いては決して安い給料ではありません。
 
ダイク村では、T社でもL社でもワーカークラスの賃金は、ダナンの最低賃金
710,000VNDに若干色を付けた程度である事を鑑みてもA社の1,000,000VNDは、
相当良い条件であるといえます。
 
更に、ダナンの賃金相場は、ローカル企業はもとより韓国資本、台湾資本にお
いては最低賃金すら守られていないという現状ですから、ダイク村の村民会社
は何れもそれなりに優等生的な賃金相場を守っていると言えます。
 
A社のK工場長いわく・・、
 
「要は、世間知らずなんですわ!」
 
「決して雇用情勢が良くないダナンに於いて、他を当たってみればウチの待遇
 が良かったんだということがわかります。」
「彼ら、辞めて次の就職活動を始めてから後悔するんですよ。」
「軽はずみなことをして辞めなければ良かった・・って。」
 
A社の工場長は毅然として!
「当然!『会社としては、君たちの要求には一切応じられない!』
 と言ってやりました。」
「翌日から、5人のうち4人は来なくなりました。」
 
「でもね・・、一人だけは賃金の世間相場を良く知っていて、もともとストラ
 イキには反対だったそうなんですが、廻りの4人にほだされてしぶしぶ参加
 していたようなんです。」
「5人が私のところへ交渉に来たときも一人だけうつむいていました。」
「それで、その一人だけは残ってくれることになりました。」
 
「そのあと、ストライキの首謀者から残った一人に対してぐじぐじと嫌がらせ
 があったそうです。」
 
「ま、今は落ち着いて平和な会社になってますけどね!」
 
K工場長としては、最初から
「現在は、もともと一名分過剰な人員配置なのである。
 従って、5名が適正配置なのであるからそのつもりで・・。」
というようなことを言っておけば・・。という反省もあるかもしれません。
 
海外での操業は、言葉が違うだけでなくそこで働く人材の常識から価値観から
習慣から文化から・・、日本とは相当違う人材をコントロールして行わなけれ
ばなりません。
 
そのためには、「このくらいは言わなくてもわかるだろう・・。」という一見
常識的暗黙知だと思われることまで、これは○、これは×というように事細か
に文章化して社員に説明し納得させておくことが大切です。
 
Vietnam Dairokuでは、『十七条憲法』のようなものを書き記して社員に配っ
ておりますが、来年早々には、改めて『大宝律令』の制定が必要か!?
 
などと、思っている次第です。
 
(Mr.ホー)

 

(第8話)ベトナムの休日!

 
中国は、休みだらけじゃ!
 
というのが、ベトナムシフトを始めた一つの要因です。
 
中国では、会社によって休みの長短はあるものの
春節(旧正月)で二月上旬に、一週間から二週間、
ゴールデンウィークで一週間、
そして、国慶節(建国記念日)として10月1日から一週間程度をしっかり
休みます。
さらに、基本的には完全週休二日制のため土曜日は仕事をしません。
 
休日に仕事をしないというのは、中国では残業手当は150%の割り増し、土日休
及び休日出勤手当は200%の割り増しに設定されているため、提携先の社長は
極力休日出勤をさせたがらないからという理由があります。
 
しかし、午前中に入稿して夕方納品、或いは、夜入稿して翌朝納品、という
ペースで仕事をしている「激安!中国DTP」としては、
「土日は、しっかり休む!」という中国の体質はちょっと困りものですし、
 
「せっかく、調子が出てきたトコなのにまたここで一週間休みかい!?」
「また、お客様に『入稿しないでね』メールをださなきゃ!」と、
 
こちらの都合だけで言えば、中国の長期休暇の存在は、極めて迷惑で頭の痛
い課題なのでした。
 
『入稿しないでね!』メールを出したとはいっても、
毎日毎日業務が発生するお客様からは、「どうしても!何とかして縲怐I!」
という悲鳴のようなご要望がございますので、出来るだけ対応させていただ
くためにあれこれと策を講じることになります。
 
提携先に頼み込んで休日をシフトしてもらったり・・、
 
「お正月くらい家族や親族とゆっくりしたいよ縲怐I」という、何人かの中国
の若者から正月休みを奪ったり・・、
 
会社勤めではない遠隔地の在宅ワーカーさんたちに、
「みんなが休んでいるときこそ仕事をすれば豊かになれる!」などといって
休日の仕事を頼んだり・・、
 
といった、人でなし的な策を講じながらなんとかやりくりをしつつ切りぬけ
てきていました。
 
ベトナムは、土曜日も普通に働いている!!
という情報を耳にした私は、早速、ベトナムの休日を調べてみました。
 
すると、
○1月1日(元旦)
○テト(旧正月 旧暦12月31日縲怩P月3日)
○フンヴオン祭(旧暦3月10日)
 ※紀元前にベトナム北部を統一していた王家を祭る日
○南部解放記念日(4月30日)
 ※サイゴン陥落・・・1975年
○国際労働日(5月1日)
○建国記念日(9月2日)
 ※独立宣言・・・1945年
 
と、祝日はたったこれだけ!
さらに、土休もありません。
 
まさしく、短納期を謳う「激安!中国DTP」のために、
ベトナム政府が祝日を決めてくれているとしか思えません!
 
この休日の少なさが、「ベトナム人は勤勉である!」という評価の一助とな
っているのでしょうか。
 
思いおこせば、私が子供の頃の日本の学校というのは、土曜日も普通に学校がありました。
しかし、土曜日は半ドンで4時間授業で終わり!でした。
 
半ドン。
 
懐かしい響きです・・・。
 
また、私が高山へ戻った頃(およそ20年近く前)、弊社の休日は日曜と祝日と春の高山祭りだけでした。
 
余談ですが・・、
 
当時の大六印刷は、朝は8時始まりで5時定時、営業は私と若い営業見習い
君だけ、デザイナーもライターもいない会社でしたので昼間は営業や原稿運
びや集金にかけずり廻り、夜は社員が皆帰ったあとに、一人でコピーを考え
たり、デザインを起こしたりしていました。
 
会社内にも営業車にも、クーラーなどというものは無く、昼間は窓全開で飛
騨の山中をかっ飛ばし、夜は虫のさえずりを聞いて涼みつつ、カンプ起こし
から版下の修整や書体や色の指定などをしていたものです。
夕食は近所のそば屋から出前を頼み、10時や11時までシコシコと仕事す
ることなどはザラでした。
 
今から思えば、私もよく!働いていたもんです!
 
当時は、まだまだ「日本人は勤勉である!」とか、
「日本人は働き過ぎである!」とか言われていた頃です。
それで、「時短だ!時短!残業も減らして欧米なみに休日を増やそう!」
などという動きが出始めた頃でもあります。
 
ベトナムは戦後30年そこそこの国。
 
日本で言えば、
「大きいことはいいことだ!」の森永エールチョコレートや
「オー!モーレツ!」の丸善石油のCMに代表される昭和40年代的な
行け行けドンドン!の気分で驀進中!の状態といったイメージでしょう
か!?
 
休暇をのんびり過ごすより、働きに働いてまずは豊かに!!
に、価値を求めているということなのでしょう。
 
なにはともあれ、Vietnam Dairokuは、ベトナムの法律に則って、土曜日はも
ちろん営業しますし、年間休日60日の夜勤有りの体制で・・、
 
「働くことはいいことだ!」
 
「早く!1日100点突破してみんなで100万VNDプレーヤーに!」
 
「働きに働いてまずは豊かに!」
 
と、行け行けドンドン!の気分で驀進していきたいと思ってます。
 
(Mr.ホー)

 

(第7話)更に!社員面接。!

Vietnam Dairokuの現況としては・・、

 

ホーチミン税関との格闘の末に持ち込んだMac5台に現地調達のWinが1台。
(メーカー不明、確か台湾メーカーだったような・・。)
そして、これも現地調達した聞いたことの無い台湾メーカーの液晶モニター
が6台。
 
それに、机とイスが8セットとほぼ空っぽの書棚が1台、
それに何故か冷蔵庫が1台とゴミ箱2個があるのみです。
 
そうそう・・、そして人材は、これまでに度々登場してきた「灼熱の!ダナン
縲怎nノイ、ビザ申請二往復の旅!!」で活躍してくれたトゥン君をはじめ、
英会話はバッチシ!なんだけれど日本語はかなり怪しかったユンさん、
そして3名の中ではやや日本語がまともだったカーンさんの3名のみです。
 
しかし、3名のベトナム人スタッフもかなり日本語が上達し、日常会話や業務
連絡もほぼ問題なく意思の疎通ができる状態になりました。
 
そこで、これからはいよいよワーカーさんの募集そして研修開始です。
 
前回の募集は、三つのルートを使って日本語が出来る人材をということで募集
しましたが、今回は、ダイク村長の筋と秘書のガップさんの筋、弊社スタッフ
の筋を通じて募集をかけました。
(ビジネスサービスの会社に依頼すると紹介手数料が発生するため。)
 
今回の面接は、前回のような小論文3題に始まり、グループディスカッション
と、その後5名づつの面接をびっしりとやり、仕上げは個人面接というような
夕刻には受験者も面接官の私もへとへとになってしまうハードな採用試験では
ありません。
 
採用の条件は・・、「特になし!」
 
強いて言えば、弊社の事業内容に興味があって、弊社の提示する労働条件に
納得した人!というような至極アバウトな条件です。
 
ただし、最初に甘い話はできるだけ出さず、賃金のアップは成果報酬で!
ということを強調しておきました。
 
「切り抜きの目標は一人日産100点だよ!」
 
「1日100点出来るようになったら給料は1,000,000VND(ベトナムドン)ね!
それまでは900,000VNDしか払えないよ!」
 
「さらに、日産120点になったら100,000VND上乗せね!」
だから頑張ってね!
 
「でも、早いだけじゃ駄目だよ!!
 ポイントは3つ!
『早く!正確!納期厳守!』だよ!!!」
 
900,000VNDというと日本円にして7,000円ほどですから近年の人手不足から
人件費が高騰している中国の女工さんと比べてもかなり低い水準です。
とはいっても、社会保険料として基本給の17%は会社負担ですし、昼食・夜食
は会社持ちということにしていますので、実際の会社負担分は、一人あたり
9,000円縲鰀10,000円程度にはなります。
 
しかし、ここホアカイン工業団地の日系企業では大抵、ベトナムの最低賃金
710,000VND+αがワーカーさんの賃金相場ですから日本円にしておよそ5,500
円程度+社会保険料+昼食代です。
 
さらに、ベトナムローカル企業や韓国、台湾系資本の会社ではその最低賃金す
ら守っていないところがゴロゴロしているということですから弊社の提示した
初任給900,000VNDというのは、「ダナンの相場としては、そう高くはないが決
して悪くはない水準!」といえるでしょう。
(一応、DTPオペレータですから多少『IT技術者』の香りがする職種というこ
 とで若干色をつけてあります。)
 
現在、Macは5台しかありませんので、昼夜二交代の体制でスタートするため
に、とりあえず昼5名、夜5名の合計10名を確保しようということで手当た
り次第に面接をすることにしました。
 
面接日に指定したその朝・・・。
 
会社に着くと、既に3名が面接に来ています。
 
「おっ!やる気あるね!よしよし・・。」
 
「9時から、というのに30分以上も早く来るなんて感心!感心!」
 
9時からの面接に集まったのは、
 
1.ダナン工科大学を卒業し日立電機でマーケティングに関わっていたという
 24歳のビン君。
2.サイゴン文化大学を卒業し観光を専攻してホテルに勤務していたという
 25歳のフン君。
3.高校を卒業してからベトナムの軍隊に行っていたという22歳のドゥック
 君。
4.短大卒で、アカウンターの資格を持っている24歳のナーさん。
5.同じく短大卒で、コンピュータソフト開発会社で事務をやっておりアカウ
 ンターの資格を持っている24歳のアンさん。
6.高卒でガードマン(所謂、守衛)をしていたという23歳のトゥアン君。
 
男性4名女性2名の合計6名でした。
 
キリッと厳しめに仕事内容や条件面の話をして、最後は「ポイントは3つ!」
を強調し、およそ一時間。
「明日、電話をするからその時返事をするように・・。」
と告げて、
「はい!説明会及び面接終了!」ということで解散すると・・、
 
また、「面接に・・、」ということで別の2名が待っていました。
 
再度、一時間同じ説明を繰り返し、
「はい!説明会及び面接終了!」ということで解散すると・・、
 
今度は、現在日本料理屋で働いていて日本語もOKヨ!という娘が、
「昼休みの時間なら抜け出せるから面接して欲しい・・。」
ということで急遽、喫茶店で待ち合わせをして出張面接をすることになり、
車を飛ばして待ち合わせの喫茶店へ行ってみると・・、
 
1人の予定が3人の娘さんが来てました。
 
よくよく話を聞いてみると、3人ともまだ大学生で、
「大学へ通いながら仕事もしたい・・。」などと言っているので
 
 「ダメダメ!夜勤明けに学校へは行けんでしょ!」
 「それに、試験の時とかどうすんの?」
 「試験だからって、会社休むの?」
 
「昼の勤務だけ・・、というわけにはいかないんでしょうか?」
みたいな都合のいいことを言ってくるので
 
 「他の社員は昼勤やったり夜勤やったりしてんのにあなただけが昼勤だけヨ
  というわけにはいかんでしょう。」
 「アルバイト感覚では困るんだよね縲怐I」
 「また、来年もおそらく募集するからちゃんと卒業してからオイデ!」
 
とヤンワリ断って、3人と別れました。
 
前回も、卒業していないにも拘わらず試験を受けに来ていた男性がいました。
ベトナム人は、在学中のアルバイトと正社員としての正式な就職とを区別して
考えないのか?という疑問を持ちました。
 
おそらく、大学を卒業してもまともな職場がまだまだ少ないダナンの求職状況
においては、
「就職は・・、できるときにしてしまえ!!」
という感じなのかもしれません。
  
そんなことを考えつつ・・、
 
ダイクのトゥアン君が運転するダイク村の専用車に乗って、ダナンの海沿いを
飛ばしている間中、南こうせつとかぐや姫のCDがず縲怩チとかかってました。
 
「ダナンの風景とかぐや姫って、存外悪くない取り合わせだよな縲怐B」
 
「なぜか、心に染み入るな縲怐B」
 
「帰ってから買おうかな縲怐B」と、
 
不思議な感動に包まれながら・・・、
 
「赤ちょうちんに縲怐Uわれて縲怐v
 
などと口ずさみつつ、会社に戻ると・・、
 
また、別の3人が「面接に・・、」ということで待っており、
 
また、朝と同じ説明を繰り返し・・・、
「はい!説明会及び面接終了!」
  
手抜き面接でやっつけよう!のつもりが結構エネルギーを消耗し尽くして、
相当、面倒くさくなっていた頃、
 
最後のトドメで、更に!もう一人の女性が、
 
「面接に・・、」とやってきてくれました!!
 
結局、この日も都合15名を面接してしまいました!
 
「前回と合わせて合計で、面接30人か縲怐B」
 
反省点としては、今回は事前の準備はいいかげんで行きあたりばったりも甚だ
しく、しっかりと時間すら決めていなかったことでした。
 
しかし、嬉しかったこととしては、Vietnam Dairokuスタッフでかなり日本語
の怪しかったユンさんとカーンさんは、今回は頼もしい通訳としてまた人材集
めのコーディネーターとして立派に活躍してくれたことです。
 
現在、Vietnam Dairokuには先の3人の指導のもと、10名のワーカーさんが
毎日せっせと切り抜きの練習に励んでいます。
 
電話した結果、
「自信がない。」といって入社しなかった人も数名いたようでしたが、
 
ユンさんとカーンさんに、「面接の仕方は、分かったでしょ?」と聞くと、
「はい!覚えました!」とのこと。
 
「善哉!善哉!」
 
では!足りない分の補充は、
「君たちはリーダーなのだから随時、面接して採用しておきなさい!」
と、言いつけておいたとおり
現在では、3名ほどの私の知らない社員が採用されています。
 
日本では、新年会や社員旅行などの会社ぐるみの行事は不評です。
しかし、ベトナム人は、食事に行ったり小旅行に行ったりという会社行事を、
結構喜んでくれるそうです。
来月ダナンにいった際には、13人の社員全員を連れておいしいベトナム料理
でも食べに行こうかと思ってます。
 
(Mr.ホー)

 

 

(第6話)会社設立手続き!

前号では、ホーチミンの税関で暴れまくった私のハチャメチャ武勇伝!?をお

 

伝えいたしましたところ、思いのほか好評でありまして・・、
 
「もっとヤレ!もっと暴れろ!もっと危ないことに挑戦しろ!」
的な、数々の無責任な御声援をいただきました。
 
どうも私的には、それらのありがたいご声援は、あたかも亀田三兄弟が吠えま
くる姿にヤンヤヤンヤと声援を送るファンの姿とダブってしまうのです。
(失礼!)
 
一応、Mr.ホーとしても既にいい歳のオヤジでありますし、あまりつまらぬ
ところで私の履歴書にケチが付いて、政治生命を断たれてしまうというのも好
ましくありませんし、今後はできるだけおとなしく、穏便に、堅実な手法でビ
ジネスを進めてまいりたいと反省しているところであります。
 
そこで、今回はちょっと固めにダナン市、ホアカイン工業団地で会社を設立す
るための書類と手続きについてご説明させていただきます。
 
説明とはいっても私の場合、ダイク村の村長さんにほとんどおんぶにだっこ状
態でしたので、村長さんからの「あーせい、こーせい」といった指示どおりに
文章を作ったり、サインをしたりしているうちに・・・、
 
「投資ライセンスが下りました!」
 
という連絡をいただいた。
即ち、会社が出来ていた!というのが実際のところです。
 
申請の手続きとしてはまず、4種類の申請書を作成する必要があります。
 
1.100%外国資本企業設立申請書
2.100%外国資本企業定款
3.ライセンス発行登録申請書
4.環境基準達成に関する登録申請書
 
それらをベトナム語と英語にそれぞれ翻訳し、各3部づつに代表者がサインと
捺印をしたのちにダナン市人民委員会へ提出いたします。
 
会社の業態によっては、4の「環境基準達成に関する登録申請書」は提出する
必要がないようです。
弊社の場合は、事務所にパソコンが並んでいるだけですから廃棄物としては、
紙、及びいわゆるゴミのみです。
従って、折角、作成した「環境基準達成に関する登録申請書」は、
「必要ありませんでした!」
とのことでした。
 
ベトナム語及び英語への翻訳は、ベトナム経済研究所や、DBS(ダナンビジ
ネスサービス)などの現地のビジネスサービス会社を利用した方が、日本国内
の翻訳サービスを利用するより割安になるのでお勧めです。
 
ちなみに、翻訳料としては、ベトナム経済研究所は4点セットで約40万円弱
とのこと。
 
弊社が利用したDBS(ダナンビジネスサービス)では、
1.ライセンス申請書翻訳・作成
2.事業計画書翻訳・作成
3.会社定款翻訳
4.取締役会(出資者)名簿作成
5.登記簿謄本翻訳・公証
6.財政報告書翻訳・公証
7.その他
以上で2,000US$弱(約24万弱)で済みました。
 
DBSの担当者は、自称バングラデシュ人!というにふさわしい浅黒くエスニ
ックな顔立ちの石川さんという好青年です。
石川さんには、社員募集でもお世話になり、それも含めての24万というのは
極めて破格です!
 
実は、この24万という数字にはそれなりの事情がありまして、ダイク村の村
長さんから相当強力なプレッシャーがかかっていたことも事実です。
 
村長さんは、石川さんを呼びつけると、
 
「どうもどうも・・、わざわざすいません、御苦労様!」
と、言いつつ、シュパッとマールボロライトに火をつけると!
 
目を細めてニコッとしつつ・・・・、
 
「石川さん!!安くしといてね!」
 
「石川さん!いままでに、随分ダイクで商売できたよね・・。」
 
「これからも長いつきあいになるよね・・・・・・・。」
 
「まさか!今回の募集は金をとるなんてことはしないよね!」
 
「石川さん!!今回のは・・・・、タダでいいね!?」
 
というノリで、矢継ぎ早にタンタンタン!と無法な要求をし・・、
 
可哀相なことに石川さんは、はるばるダイク村まで打ち合わせをしに来るたび
に、どんどん、どんどん、どんどん、どんどん、タダ働きエリアが拡大してい
くのでありました。
 
ダナンの日本人社会という狭い人間関係の中でビジネスをしていくためには、
「良いお客を選ぶ!」
というごくごく基本的な方針すら諦めなければならないのかもしれません。
 
そこで、ダナンでの常識の範囲内での交渉は必要になるのでしょう。
 
次に、4つの書類と共に出資する大六印刷がどのような会社であるかを証明す
る書類が必要となります。
 
1.大六印刷直近2年分の決算報告書2部
 ○表紙に会社名・代表者名を捺印
 ○中ページすべてに割り印
2.その決算書を公証役場で認証を受ける。
 ※公証役場の認証といっても決算書の中身まで認証できるわけではありませ
  んけれども・・。
3.登記簿謄本2部
 ○岐阜地方法務局長の認証印をもらい
 ○更に外務省認証課の認証を受けたもの
4.代理人が申請にいく場合は、更に、
 ○商業登記簿謄本
 ○法人代表印鑑証明
 ○委任状
 ○官公庁発行の代理人の写真付き身分証明書
が、必要となります。
 
それで、認証を受けた決算報告書とベトナム語に翻訳した決算報告書、及び
認証を受けた登記簿謄本を更にベトナム大使館で認証を受けた後にダナン市
人民委員会に提出いたします。
 
それら全ての手続きは、早ければ20日程度で済みます。
 
弊社の場合、あちこちに書類の不備があったため、ダイク村村長の手を煩わせ
つつEMSで二往復ほど書類をやりとりしましたが、無事8月に投資ライセンス
をいただくことができました。
 
「村長さん!アリガトウゴザイマシタ!」
 
「さあ!会社が出来たぞ!」
 
とはいっても、
Vietnam Dairoku Ltd.という会社には、税関との丁々発止を経て無理矢理持ち
込んだ5台のMacが寂しそうに並んでいるだけの状態です。
 
まだ、事務所があるだけでモニターもなければ机も椅子もなにもありません。
 
これから銀行口座もつくらなければいけないし、アカウンター(専門の免許を
持った会計責任者)の手配も必要です。
 
更に、モニターの手配や通信回線の工事、それに伴う、ルーターの設定やハブ
やケーブルの手配もこれからです。
 
大量のデータをやりとりするため通信回線のテストも必要です。
 
そして、そして、せっせと切り抜き作業をしてくれるワーカーさんの募集もこ
れからです。
 
それらの手配をひとつひとつ指示を出すと、ベトナム大六担当教育係のデザイ
ナー西本隊長を筆頭に、ベトナム人スタッフ3名の買い物部隊は、嬉々として
ダナンの町へ繰り出していくのでありました・・・。
 
さてさて・・。
 
次回は、どこいらのお話をいたしましょうか・・・?
 
(Mr.ホー)

 

(第5話)中古パソコンをどうやって持ち込むか?

自分で言うのもおこがましいのではありますが・・

 

佛のMr.ホー・・・。
最近、少々キレやすくなっているような気がいたします・・。
 
ベトナムでは、中古のパソコンは持ち込めないことになっています。
 
しかし、新会社Vietnam Dairokuは、Macintosh G4を主体に立ち上げる計画
であるため、必要台数分のG4を中古市場で調達することにいたしました。
 
問題は、「如何にしてベトナムへ持ち込むか!?」であります。
 
こんな人がいます・・。
 
「あいつは、ここで暮らせなくしてやる!」にはじまり、
「てめぇ!絶対!許さねぇ!!」とか、
「おめぇなんか抹殺してやる!!!」などの、
物騒な言動で吠えまくって夜のダナンを支配しているロジテムベトナム(物流
会社)のIさんです。
 
私はそのIさんに、以前から、
「中古Macを20台ほど持ち込みたいんだけど・・」と、
おそるおそる相談をもちかけてはいました。
 
Iさん情報では、マブチモーターには(おそらく)ハンドキャリーで持ち込ん
だ中古Macが1台あるとのことでしたが、弊社の場合、1台ではどうしようも
なく、まさか1台づつハンドキャリーで20往復というのは全く現実的ではない
ため、Iさんには繰り返し繰り返し・・・、
 
「何かいい方法ない?」
と問い合わせていたのですが・・、
 
「Mr.ホー!基本的には、ムリ!ムリ!」
という、つれない返事をいただいていました。
 
しかし、海外では、物騒な兄ちゃんほど頼りになることも事実です。
 
「基本的にはムリ!ムリ!」
ということは、
「基本でない裏ワザを使えば全く可能性がないわけではない!」
ということにもなります。
 
そこで、基本でない裏ワザにはあれこれと仕込みが必要なため、基本でない裏
ワザで突撃する前に、まずは立ち上げ用としてお試しにハンドキャリーで5台
を持ち込んでみることにしました。
 
まず、弊社の研修生3名に1台づつを持たせてベトナムへ侵入させ、税関対応
の様子を伺いながらあとから私とデザイナーの西本君とで更に1台づつを持ち
込むという作戦です。
 
当然、「没収されたらどうするか!?」というリスクは大いにあります。
 
さらに、研修生にしてみれば、日本へ持ってきた荷物と日本で買い込んだ日本
滞在中の思い出が一杯詰まったおみやげの数々を持って帰ることを断念しなけ
ればなりません。
 
何故ならば、ベトナム航空では、チェックイン時に預ける荷物が20kgを超える
と1kgあたり3,100円が超過料金として発生してしまいます。
パソコンを預けると、3名で合計70kgが超過となってしまうため超過料金とし
て217,000円がかかってしまうことになります。
それで、おみやげ類は後日EMSで送るか、我々が出張する際に少しづつ持って
いくことにしてとりあえず、ホー司令官は、
 
「まずは全力で突撃し、203高地(税関)を突破せよ!!!」
と、乃木希典ばりに高らかと非情なる無為無策な指示を与えたのです。
 
結果・・・。
 
2007年9月14日夕刻。
 
「かなりいろいろな悶着があったがなんとか税関を突破し、中古マック3台は
無事ダナンに到着!しかしまともに使用できる状態かどうかは不明・・・。」
というトゥン君からの第一報が入りました。
 
その報告に意を強くした私と西本君の後続隊は、
 
2007年9月16日早朝。
 
名古屋空港から福岡経由のベトナム航空便で、残る2台のMacとともにホーチ
ミンへと飛び立ちました。
 
すると・・、機体の整備不良により福岡空港で1時間待ちに・・、
 
説明では、「機材の故障のため、低空飛行でホーチミンまで飛んでいくため、
燃料を下ろして身軽にして、台北へ一旦立ち寄って燃料を補給したのちホーチ
ミンをめざす・・。」とのこと・・。
ホーチミン着は予定の2時間半遅れとなるとのことでした。
 
 「まずいな・・。ホーチミン縲怎_ナン便の乗り継ぎに1時間もない・・。」
 「ベトナムの遅々とした入国手続きや鬱陶しい税関で悶着があったりすると、
  今日中にダナンへたどり着けないかもしれない・・。」
 「このままでは、ホーチミン市内の安宿の手配と
  明朝一番のダナン便の手配が必要になるな・・。」
 
との思いでぐるぐるぐるぐるしながら・・・・、
 
と、なんとか・・・・、
 
ホーチミン空港へは到着したものの・・、
 
案の定、イミグレーションは長蛇の列・・。
 
「う゛縲恷條ヤが・・・!」と悶えつつ・・、
 
急いで荷物を受け取り
 
急いで、急いで、急いで・・ゴロゴロゴロゴロ・・!ゴロゴロゴロゴロ・・!
 
怪しげな二つの箱をキャスターでころがしながら税関を通過しようとする我々
に税関職員が・・!
 
「ええい!止まれ止まれ!縲鰀×△■◇縲怐I」
「その箱は何じゃ!▲×◆◆××縲怐I」
 
 「これかい・・。パソコンだよ・・。」
 
「×△■◇××▽縲怐I」
 
 「何!?」
 
「◇■××▲縲怐I!×▲×◆◆×××縲弋ax!!!」
 
 「何!税金!?」
 「税金払えってか!なるほどね!」
 「税金いくら?」
 
「×◆◆××縲鰀10%!!」
 
 「10%払えばいいのかい?」
 「これは、上新電機で買った一台2万円キーボード付きのシロモノだから、
  2台で、40,000円ね。
  その10%で4,000円ね。
  オラよっ4,000円!」
 
「■××△■◇▲縲怐I!×▲×◆△■◇◆×××Receipt!」
 
 「そうか!価値証明が要るのか!」
 
かつて中国へ中古Macを送って税関でつかまったときは中古Macの価値証明を
求められたことがあったため領収書の写しを準備しておいたのでした。
 
 「ほれっ!レシート!2台で39,800円。
  10%なら3,980円だけどまけといてやるよ、
  釣りは要らねぇ とっときな! ほれ4,000円!」
 
「×▲×◆△■◇××縲怐I!◇■××▲××縲怐I!!」
 
「◇◆▲×◆△■◇××縲怐I!◇■×▲◇■××◆××縲怐I!!」
 
「◇◆×××▲×◆△■◇××縲怐I!◇■×◇■××▲◇◆××縲怐I!!」
 
 「もう、いい加減にしろ!」
 「俺達は、17:20のダナン便に乗らなきゃいけないんだ!!」
 
「×▲×◆△■◇××縲怐I!◇■××▲××縲怐I!!」
 
 「あと、15分しか無いんだからいい加減、通してくれ!!」
 
「××◆△■××◇××縲怐I!◇■××▲×△■×××縲怐I!!」
 
 「いい加減にしろ縲怐I!!!!」
 
「××◇×◇××××縲怐I!!!×▲×△■××◇×××××縲怐I!!!!」
 
「没収!没収!!没収!!!縲廾K!」
 
と、レッドカードを振りかざす主審のように、税関職員は勝ち誇ったように
私に没収コールを告げるのでした!
 
 「バッ!バッカヤロ縲怐I!!」
 「OKなわきゃネ縲怩セろ!」
 「こんな重いものを乗り継いで乗り継いで日本から持ってきたんだ!」
 
「×▲×◆△■◇××縲怐I!◇■××▲××縲怐I!!」
「◇◆▲×◆△■◇××縲怐I!◇■×▲◇■××◆××縲怐I!!」
「◇◆×××▲×◆△■◇××縲怐I!◇■×◇■××▲◇◆××縲怐I!!」
 
 「やかましい!黙れ!!」」
 
「・・・・・・・・・。」
 
 「俺は!この国の若い人たちに『夢と勇気とサムマネー』を手にして
  もらうために苦労して頑張っているんだ!」
 「俺は!今まさに、ベトナム経済の成長と発展に貢献し、明るい豊かな社会
  づくりに寄与しようとしているんだぞ!!」
 「ここでおまえら木っ端役人が壮大な俺のミッションを妨害するとはどういう
  了見だ縲怐I!通せ!通せ!縲怐I!!」
 
私は、刻々と迫り来る17:20に対する焦りもあり、完全に頭に血が登り、日本
語で意味不明の理屈を延々と延々とわめき散らしまくりました。
 
更に、ロジテムのIさんにも決して負けることのない鬼気迫る勢いで
「てめぇ縲怐I刺し殺してやる縲怐I」的な剣幕でさんざん吠えまくっていると、
 
上司とおぼしき年長者の税関職員が遠くから・・・、
 
「仕様がない、行かせてヤレ!」みたいなことを言ったようで・・。
 
ようやく・・、
「没収!没収!!」の職員から解放されることになりました。
 
 「超!ラッキ縲怐I!!」
 
と、喜ぶやいなや!今度は、別の職員が近づいてきて、
「これ!何!?」といい始めたので
 
私は、鬼のような形相で、
 
「うるせえ!!」と一喝し
 
空港の外へ出たのでした・・。
 
17:20発ホーチミン国内線のダナン便は、予定時刻の30分遅れでダナン空港へ
無事に到着することができました。
 
ベトナム航空の都合で2時間半遅れたんだから、今度は我々が30分程度待たせ
た位で文句を言うな!ぐらい身勝手なMr.ホーに成り下がっていました。
 
今、Vietnam Dairokuの事務所には5台のMacが行儀良く並んでいます。
 
ダイク村では、
「Macを5台もハンドキャリーで持ち込んだ奴がいる!」
ということでちょっとした噂になっています。
 
ところで、弊社の研修生・・。
 
どうやって持ち込んだのか聞いてみると・・。
「友達へのおみやげなの・・。お願い・・。」
で、拝み倒して一銭も払うことなく税関をパスしてしまったそうです。
 
な、なんか、よく解りませんが!?
 
ただ確実なのは、私は、堂々とベトナムの法律を犯していたということ。
 
法律違反を犯しながら国家権力の末端の職員を怒鳴りつけて当初の思いを遂げ
てしまったということ。
 
そして、決して二度とハンドキャリーだけはしたくないと思っていること。
 
であります。
 
まだ、どっと疲れていますし、
 
涅槃寂静の境地からはどんどん離れて行っている気がいたします・・・。
 

 

(第4話)ビザ申請!

ベトナムの地で新たに始めるビジネスは、
 
「気持ちの良い」人たちと、「爽やかに」汗をかいて、「みんなで一緒に」
喜べる結果を、ビシッと出したい!
 
という思いがありました。
 
そのパートナーとして選んだのが
「僕、素直だし、とっても性格がイインデス。」のトゥン君
「私、日本語まだまだ怪しいんです」のユンさん
「私、3人の中では日本語そこそこなんです」のカーンさんの3名。
 
彼らは、
「わたし、生まれてから一度も飛行機に乗ったことがないの・・。」
「飛行機どころかダナンから出たことないの・・。」
というようなとても素朴なベトナム人です。
 
 
ダイク村の村長さんは秘書役のベトナム人ガップさんに対し、
「ここに穴を掘って、次はその穴を埋めろ!!」
みたいな鬼のようなノリでビシビシとこき使っていますが、
 
佛のMr.ホーとしては、
 
「私は、村長さんのような鬼にはなれんだろうな・・。」
「かといって、ヨシヨシと孫をかわいがる爺ちゃんでは仕事にならんし・・。」
「さしずめ、弟子を厳しく指導するお釈迦様か・・?」
「いや、お釈迦様の厳しいお叱りにショック死した弟子もいたそうだから。」
 
「面白くて厳しいニッポンのやんちゃオヤジ!」
 
これで行こう!
などと、どうでも良いことをぐるぐるとイメージしておりました。
 
 
さて、お次は彼らを日本に連れてくるための手続きが必要です。
 
彼らには、
「早速!パスポートを申請しなさい!」
と言っておきましたが、私自身がその段階では、
「ベトナム人を、研修生としてベトナムから日本へ連れてくるために何をしな
 ければならないのか、どのような手続きが必要なのか・・。」
ということをよく解っていませんでした。
 
以前、中国の提携先の社員を3ヶ月間預かったことがありましたが、その際は
「業務提携先の社員を市場調査のために招聘する」
という名目でしたので今回の単純な研修目的とは若干目的が異なります。
 
 
そこで、在ホーチミン日本国総領事館へ問い合わせをしますと、
ベトナム人が電話に出て、もにゃもにゃと・・、
「担当者は席を外しているので電話に出られない。」
というようなことを言いました。
 
20分後改めて電話をかけ直すと、先ほどとは違う人間が、
「担当者は、電話中なのでしばらくお待ち下さい。」
と言ったまま、本当縲怩ノしばらく待たせていただきました。
 
「今、日本から電話をしているのですが・・」
という私の前置きは全く気にしていただけなかったようで、ビジネスフォンに
表示される通話料金欄の数字がどんどん大きな数字に・・・。
 
ようやく電話口に出た担当者様の御指示は、
 
1.パスポート
2.ビザ申請書
3.写真(縦4.5 cm x 横4.5 cmで6ヶ月以内に撮影のもの)
4.労働契約書
5.日本での用務を明らかにする資料
 ・申請人所属会社の出張命令書、派遣状(滞在予定、訪問先、日本での用務
  を詳しく記載したもの。出張旅費・研修費用を支弁する旨記載のこと)
 ・招聘理由書(招聘目的、期間を記載のこと)
 ・研修計画日程表
6.申請人所属会社の経営許可書
7.日本側受入先の下記資料のうちいずれか
 ・法人登記簿謄本
 ・決算報告書
 ・パンフレット
 ・会社四季報(写)(一次部上場企業)
8.会社間の過去の取引契約書
9.日本側受入先からの身元保証書
※法人が身元保証人になる場合には作成名義人が法人代表者もしくは役員の
 資格を有していることが必要。 
※派遣元である申請人所属会社が費用の全額を負担する場合、また、申請人
 本人が渡航費用の全額を負担できることを証明できる場合には身元保証書
 は不要。
 
以上が必要という主旨を、能面のような口調で教えていただきました。
 
まず、その必要書類の多さに、思わずゲップが出そうになりましたが、更に、
「申請時にはハノイの大使館へ直接申請書を提出すること!
 更に、交付時は直接ハノイ大使館へ出向くこと!」
というおまけをいただくにつけ、ゲップがゲロになってしまいそうでした。
 
それで、トゥン君に急遽、代表でゲロまみれになってもらい、
「灼熱の!?ダナン縲怎nノイ、ビザ申請二往復の旅!!」
に行ってもらうことになりました。
 
素朴な疑問。
 
「何故、郵送ではいけないんでしょうねえ?」
 
ハノイ大使館に問い合わせると、
「申請書の内容について直接質問したい場合があるからだ!」
という回答でしたが,
 
「質問の回答を電話で、というのでは駄目なんでしょうかねえ?」
 
本人確認をして受け答えすれば質問の回答はできそうなもんですけどねえ。
 
「・・・・・???」
 
 
更に問題なのは、申請人である3名が契約した、所謂申請人の所属会社である
ベトナム大六という会社はまだ正式にダナン政府には認可されていないため、
3名の労働契約書は無効となってしまうことです。
 
そのため、3名は日本国の大六印刷の正社員として雇用契約を結び、大六印刷
からの出張命令で日本にやってくるということにするという必要がでてまいり
ました。
 
そこで大六印刷として問題になるのは、彼ら3名が日本国の大六印刷の正社員
ということになると、彼らが帰国して正式にベトナム大六の社員の身分に戻る
まで、日本国での最低賃金に縛られる、即ち、ベトナムで契約した賃金水準で
はなく大六印刷の賃金水準×3が必要になるということです。
 
その点を経理に指摘された私は、思わずトゥン君と一緒にゲロの海に飛び込み
そうになってしまいましたが、そこは冷静に理屈を考え、
「大六印刷は、3名の滞在費用+手取り給を本人達に支給している。従って、
 本人達への支給額が日本国の最低賃金以上であれば問題ないであろう。」
ということにすることにしました。
 
 
手続きは終わり・・。
 
現在3名は・・・、すこぶる元気です!!
「今年の夏はおかしいぞ!猛暑の日本、スタディ&バカンス長期ステイ!!」
を満喫中です。
 
 
しかし、10月になって収穫の秋を迎える頃・・、
佛のMr.ホーもわめきちらしているかもしれません!
 
 
「ここに穴掘って、次はその穴埋めろ!!!」
 
(Mr.ホー)

 

(第3話)採用試験(その2)!

ダナンに住む日本語を学ぶ若いベトナム人にとって、日本へ留学する、或いは

 

日系企業に就職して日本へ研修にいくということは夢のまた夢なのです。
 
初任給15,000円程度の彼らの収入で、日本へ行って何ヶ月か滞在しようとすれ
ば、渡航費用、滞在費用で軽く年収の二年分近くが吹っ飛んでしまいます。
それに、身元保証人も必要です。
 
「あなたの夢は・・?」という課題の小論文には、
 
「日本へ行くこと! 日本へ行って・・。」などと回答する受験生が圧倒的に
多かったのでした。
 
そんな彼らにとって、私からの電話は、「LOTO6で2億円当たったの・・!」
に近い喜びではなかったかと想像します。
 
翌朝・・・、ホテルから、前日エイヤッと決めた5人の携帯に
 
「Hello!!○○さん!?」
 
「おめでとうございます!合格です!!!」
 
「○時に会社へもう一度来ていただけますか?」
 
と、一人一人に合格通知の電話を入れました。
 
先ず電話を入れたのは、いつもニコニコで、
「僕、素直だし、とっても性格がイインデス。」を絵に描いたような男性。
 
彼の日本語小論文はピカソの絵のような、わかる人にしかわからないシロモノ
でしたが、好感度ナンバーワンでしたので迷わず採用したのでした。
 
次に、コンピューターに詳しいもう一人の「僕、日本語も出来るコンピュータ
オタクナンデス。」みたいな男性。
彼は、実は、まだ在学中だということで「時々大学へ行かせて欲しい」などと
都合の良いことをほざいていたので・・、
 
「喝!!!だいたい!就職するということはだな!!!」と、
一喝し、縷々教育的指導をしたのでした。
 
しかしながら、単位はすでに取得済みで、論文だけだということなので、
「じゃあ、特別に!」ということで大甘の採用。
 
次に、ダナン大学日本語学科新卒の三人娘を次々と時間差で呼び寄せ
「おめでとう!おめでとう!おめでとう!LOTO6おめでとう!」と、一人づつ
握手のオンパレード!
 
 
合格者には、それぞれと雇用契約書を取り交わした後、
「今夜、日本料理屋でお祝いのパーティーをするからオイデ。」
と告げて別れました・・。
 
一通りの仕事も予定通り終了し日も暮れかかった頃。
 
ダイク村の村長さんに・・・、
 
「一本いいですか?」と強めのマールボロをいただき、
パチッと火をつけながら・・、
 
「いや縲怐A若い、希望に燃えたベトナム人に喜びを与えられるのってイイで
 すよね縲怐B
 なんか、少しでも、ダナンの若者達に貢献できている気がしますよね縲怐B
 何より、ああやって素直に喜んでくれるのが嬉しい・・・。」
 
「同感です!!
 ああやって、彼らのキラキラと輝く目を見ていると
 こちらまで嬉しくなってくる・・・。
 イイですねえ。」
 
「イイですねえ縲怐B」
 
などと感慨に浸っていると・・・、
 
突然!!
 
携帯が鳴りだしました!
 
先ほど、「じゃ6時に日本料理屋で!」と別れた三人娘の一人が、
「初任給が、安い・・。」と言ってきたのです。
 
すると又、三人娘の別の娘からも、
「研修後には給料は上がるのですか?年に何回上がるのですか?」
 
更には、もう一人からも、
「夜勤があるなら、その分の手当は・・。」
 
日本語学科新卒の三人娘は結託して条件闘争に持ち込もうとしているようなの
でした。
 
「なんじゃい!?こいつらは・・・!メラメラ!メラメラ!!」
 
いいかげん!佛のMr.ホーも瞋恚の炎を燃え上がらせつつ
桜塚やっくんバリに竹刀を床にたたきつけた気分で!
 
「ええい!条件は、最初に提示しただろうが!!
 納得してサインしたんじゃねえのかよ!
 オマエら!カタコトの日本語しか出来ねえくせに!
 他には、な縲怩熄o来ねえくせに!
 会社は、年収の二年分をドカンと投資して一人前のビジネスパーソンに
 仕上げようとしているのに!
 ハナから条件闘争かよ!
 
 もう・・・!要らん!
 LOTO6の2億円は無しじゃ!無しじゃ!
 御和讃じゃ!」
 
ダイク村の村長さんは、怒り狂う私をたしなめつつ
「もう、仕様がないですねえ・・。
 ああいうタイプの奴らは駄目ですよ。
 一度は収まっても、また同じことを言い出します。
 さっさと次の候補にあたりましょう。
 性格のいい子が一番です。
 
 まだまだ、時間はありますから・・。」
 
昨夜、何度も何度も何度も何度も見直した履歴書の束を取り出しつつ、ダナン
大学英文学科卒で、英語は出来るが日本語はかなり怪しくて笑顔がカワイイ娘
と、ダナン大学経済学部卒で日本語はそこそこの素直そうな娘に決定し、急遽
「今夜、日本料理の店にオイデ!」という連絡を、村長さんの秘書にたのんで
とってもらいました。
 
二人とも日本語力は全くまだまだなのですが、日常業務で顧客対応をするわけ
ではありませんので、
「まあ、良かろう。性格が素直で良いのが何よりじゃ!」
という単純な判断に基づいての採用でした。
 
コンピュータオタクの男性は、「今夜は、ちょっと都合が・・・。」というこ
とでしたので、結局その晩は「性格イインデス」の彼と、「日本語怪しいの」
の彼女、そして、「日本語そこそこヨ」の彼女を迎え、ささやかに合格記念パ
ーティーをしたのでした。
 
パーティで「ビール!ビール!」と盛り上がっている間、
私は、ひとつ気になっていることがありました。
 
動物的な、勘!なのでしょうか・・?
少し、引っかかるものがありました。
 
と、いろいろありましたが、結局、今回の採用試験の結果、男性2名、女性2
名のリーダー候補生を採用することにし、本社研修のため日本に連れていくこ
とになりました。
 
しかし、ビジネスビザの取得や彼らが研修で日本に行っている間に、現地での
投資ライセンスの許可をもらうための手続きなどを同時進行で進めなければな
りません。
 
ベトナムでの法人設立までには、まだまだこれからが大変なのです!
 
帰国後、ワサワサと投資ライセンスの必要書類を作成しているところへ一通の
メールが届きました・・。
 
Mr.ホーのキナ臭い勘はやはり!当たったのでした!
 
コンピュータオタクの彼からです。
 
その主旨としては、
1.管理業務はたいへんであるから給料を倍にしろ!
2.研修後の昇給金額を示せ!
3.二年間での昇給の回数は何回か?回答せよ!
4.私の要求を満たすのであれば、私は喜んでやる気を出して頑張る所存である!
 
いいかげん!乾ききった笑いがこみ上げてきました。
 
私が提示していた条件は、ダナンの日系企業の平均的な給与水準の金額です。
 
ベトナムスズキの筧社長の言葉が耳から離れません。
 
「ベトナム人はしたたかですよ・・。」
 
佛のMr.ホーは、キッと鬼に変わり!
矢のように採用取り消しのメールをオタクくんに送りつけてやりました!!
 
(Mr.ホー)

 

(第2話)採用試験(その1)!

私はいままでに、国内では相当数の面接を経験してきました。

 

しかし、今回は、ベトナムローカル社員の面接です。
海外での面接は初めてなので用意周到?気分で向かいました。
 
私が、応募の条件としたのは、
 
ビジネスレベルの日本語ができる30代の男性で、妻帯者!
そして、コンピュータの知識、特にサーバー廻りと通信関係の基礎知識がしっ
かりしていることが望ましいという付帯条件もつけていました。
 
妻帯者!という条件は、ワーカーさんが全て若い女性であることを鑑みると、
あとあとややこしい問題を起こしそうにないということを想定してのことです。
 
ベトナムには、恐妻家が多いといいます。
 
結婚するまではアオザイ姿がよく似合い、きれいで可愛いかった女性が、一旦
妻というポジションに居座ってしまうと次第に「ガオー!!」といって火を吹
き、ビルをなぎ倒すゴジラと化していくのは常識なのだそうです。
(我が家も状況は似たようなもので、私はいつも火だるまの刑に・・・。)
 
ベトナムの特徴としては、ゴジラ化のレベルがすさまじいことにあります。
 
特に、ベトナム人女性の嫉妬深さは半端ではないようで、
浮気がバレた亭主が、嫉妬に狂った妻にあそこをちょん切られた!!!
という話もあるほどです。
 
それで、あえて人材不足とはいえ夜勤にも耐えうる男性で、30代のゴジラに
怯える妻帯者!という条件をつけました。
 
 
その条件で、3つのルートに照会し、採用試験の当日。
 
「さてさて、どんな人材が集まってくるのやら・・!?」と、大きな期待に胸
をふくらませつつ会場に入ってみると!
 
採用枠3名のところ15名の応募者が集まっていました!
 
しかし!!!
 
受験者は、男性2名に女性13名です。
 
しかも!一見中学生か!?高校生か!?と見まごうような・・うら若き、
いかにも「わたし、世の中知らないの・・・。」風のお嬢さんばかり・・。
 
応募者のほとんどがダナン大学の新卒予定の学生達で、まだ、会社というとこ
ろで働いたことがないという娘がほとんどでした。
 
以前、メルマガでもご紹介したように、ベトナムでは若い労働力は容易に確保
出来るのですが、30代縲怩S0代の係長、課長を張れる管理者クラスの人材が
極端に少ないのです。
 
 
「う縲怐I応募条件は何処へ行ってしまったんじゃ!」
 
「社会人とは!から教えていくのは結構シンドイな縲怐B」
「果たしてこの子達にワーカー達の管理者が務まるのだろうか?」
「まあ確かに、ややこしい問題をおこしてちょん切られるとかという心配はな
 いのだけれど・・。」
 
と、少々困惑しつつも、これも「ご縁」か!!
と、気を取り直して会社説明と業務の説明に突入・・!
 
そのあと・・、
午前中は、30分と45分と60分の小論文(日本語で)3題!
午後からは、二つのグループに分けてグループディスカッション!!
そのあと、5名づつを別室に呼んで採用条件の説明をした後面接に・・!!!
 
朝、9:00から夕方4:30まで矢継ぎ早にビッシリとやりました!
 
受験者に感想を聞くと・・、
「こんなハードな一日は初めてです!」とのこと。
 
試験官の私自身も、結構ハードな一日でへとへとでした。
 
でも、グループディスカッションの時などは、仕切りたがり姉ちゃんやうなず
き姉ちゃん、そして、まとめ係の姉ちゃんなど一人一人の性格もよく解りまし
たし、自己主張の仕方の違いなどもよく解ってとても興味深いものでした。
 
「合格者には、翌朝、電話で連絡するから電話がない人は残念でしただヨ!」
ということを伝えて解散!
 
ホテルに戻った私は、履歴書と小論文、そしてグループディスカッションと面
接の評価書を睨みつつ・・。
頭の中で、ぐるぐるぐるぐると今回の採用試験の解を探しつつも答えを出しあ
ぐねていました。
 
「まず、全く日本語がダメなあの娘と意地の悪そうなあの娘は×ね。」
 
「それと、グループディスカッションの発表の時、鼻をほじっていたあの娘も
 ×ね!」
 
「あの娘はいい感じだけど、日本語力がなあ・・。」
 
「期待の男性2名は、ほとんど発言らしい発言はなかったし・・。
 やはり、ミニゴジラの女性ばかりの中で、かなり居心地がわるかったせいも
 あるのだろうか・・?」
 
「しかし、男性2名は日本語小論文もまあまあだし、
 うち、一人はコンピュータにもかなり詳しいようだったし、もう一人は笑顔
 がいいし、何よりも素直なところがいい。
 どうしても男性2名は欲しい・・。」
 
「昼勤リーダーと夜勤リーダーの採用2名では、病欠などの時に支障がでるか
 ら、リーダー2名とサブリーダー候補生2名の合計4名を採用することにし
 ようか・・?」
 
「発表した4番の子は日本語力はピカ一だったが、自己主張が強すぎる。
 彼女には、ウチのような地味な仕事は向かない気がする・・。」
 
「9番の子はホテル勤務の経験があるからビジネスの厳しさもわかっていそう
 だし、リーダー候補生としてはいいかも・・?」
 
試験の評価重視か性格重視かなどと迷いつつ・・。
 
最後は、退職率も考慮して、エイヤッで男性2名と女性3名を選んで決定!!
 
翌朝・・・。
 
喜びの声に期待しつつ、一人一人に合格発表の電話を・・。
 
 
しかし、その日は思いも寄らぬトラブルが私を待ち受けていたのでした。
(話が長引いてきたので続きは次号です。)
 
(Mr.ホー)
 

 

(第1話)進出先の選定!

ベトナム料理はウマイ!!
 
一部特別な味つけのものを除いてはほとんど自分の口に合うし、ホーチミンな
ら名古屋から直行便があるし、街の雰囲気も自分には合っているし、幸い現地
には何人かの知人も出来たからここに決めた!!
 
というのでは、進出先の選定としてはあまりにも安易です。
 
私にとっては、「激安!日本一」を維持できる環境か否か!が進出先の選定で
は最も大きいファクターでした。
しかし、激安!日本一を維持できたとしても自宅からの移動にまる二日かかる
とか、現地に全く日本人が住んでいないとか、使える現地人の継続的採用が困
難であるとか、通信回線が来ていない、或いは通信インフラが脆弱であるとか
という状況では、立ち上げた後のフォローの負担が大変すぎます。
 
10数年前に、中国の内モンゴル自治区に工場を立ち上げて現在も元気に操業
している岐阜のアパレル関係の会社の知人いわく、
 
「内モンゴルへ派遣する駐在員は3名いるんですが、3ヶ月毎に交代で帰国さ
 せることにしてるんですよ。そうでもしないと海外担当になったとたんにみ
 んな会社を辞めてしまうんです!!」
 
進出先によっては、このようなことになってしまいかねません。
 
進出先は、ある程度日本人がそれなりに暮らせる環境にすることも必要です。
 
そこそこ便利で、コストも安いという条件のバランスが大切だと思っていまし
たし、進出先の選定には、合理的・論理的に精査してその解を求めていくつも
りでした。
 
しかし・・・。
 
ダナンの海には、「一寸法師」のモデルになったのではないかと思われる数あ
またのお椀型の舟がのどかに漂っているのが目につきます。
 
ぽっかりと浮かんだお椀型の舟に乗った漁師が、竿のような一本の櫓をゆっく
りゆっくり漕ぎつつ沖に停泊しているイカ釣り船まで近寄っていく光景をぼー
っとして眺めながら海べりに佇んでいると・・・、
郷愁に似た妙な懐かしさを感じてしまったりします。
 
「あ・・、俺って昔ここに住んでいたことがあるかも・・・。」
 
というような・・。
 
 
栃木県には、初めてダナンの地を訪れた際に、海に佇む一寸法師の舟を見て、
 
「あっ!あれは一寸法師だ!よし!ここで俺は会社をつくるぞ!」
 
といってドッカ縲怎唐ニ3億近いお金を投資し、本当にダナンに2つも会社をつ
くってしまったというT社長という方がおられます。
 
同じ海無し県の岐阜県に住む私も、そのT社長の衝動的な決断の心境が理解で
きるような気がしています。
 
いや、理解できるとかできないとかではなく・・。
 
結局、自分もT社長と同じ決断をしてしまったわけです。
 
投資金額は、T社長のドッカ縲怎唐ニは、全く比較にはなりませんが・・。
 
 
私の場合は、一寸法師が決め手となったのではなく、ベトナム料理の魅力でも
なく、街に知り合いが出来たからでも、カワイイ姉ちゃんがいたからでもあり
ません。
 
言葉にすれば、
 
ただ、
 
「あ縲怐E・、もしかして、ここかも・・。」
 
というような理由にならない感覚につつまれてしまった!!という感じです。
 
よほど、一寸法師!のほうが説得力?がある決定要因かもしれません。
 
どうしても!ということで理由づけをするならば、
「外資にあまり毒されていないダナン人の素朴さを気に入った・・。」という
ことでしょうか?
 
或いは・・・、
私が高校生の頃に、「22才の別れ」という曲が流行りました。
確か、高校の文化祭でギターを弾きながら歌ったこともありました。
かぐや姫の伊勢正三の作詞作曲です。
 
その中のフレーズに、
「あなたは、あなたのままで変わらずにいてくださいそのままで・・」という
去っていく私は、どんどん変わっていくけれど、かつて愛していたあなただけ
はいつまでもかつてのように変わらないでいて欲しいという自分勝手にありも
しないことを願う女性の願望が歌われています。
 
日本には、かつて「心のふるさと」といわれつつもいまでは全く心のふるさと
らしくはなくなってしまった観光地がたくさんあります。おそらく、「心のふ
るさと」とは、その地域の風景をいうのではなくそこに暮らす人たちの心の姿
を称していうのでしょう。
 
別にダナンの地に「心のふるさと」を見た、とかダナンの人が心のふるさとを
感じさせてくれたというわけではないのですが、「22才の別れ」のフレーズ
を一笑に付したように、ありもしないこととしてとうの昔に忘れ去っていたも
ののニオイをダナンの空気の中に感じとってしまった。
 
とでもいうと格好良すぎるでしょうか?
 
あえて、言葉にするとそんな感じなのです。
 
 
おそらく、栃木のT社長もそんな感じだったのではないかと想像しています。
 
 
Mr.ホーの海外ビジネス哲学には、
「中小零細企業は、現地には最小限の投資しかせずにできれば全てを借り物で
済ますべし!土地も!建物も!できれば人も!設備も借り物で!」という、
自称、Mr.ホー式華僑的ビジネス法がありました。
 
今回は、自らのビジネス哲学から若干、宗旨替え?したスタイルで歩み出すこ
とになりました。
 
「とりあえず、第一ステップは終了した。
第二ステップとして、多少は投資すべし!」
というフェーズです。
 
その際の、決断の決め手は「22才の別れ」の歌詞にあったというなんともし
まりのない「ベトナム料理はウマイ!」よりよほど安易な決断の結果だったと
いうお話でした。
 
(Mr.ホー)